サッカーの話をしよう

No.646 内容と結果

 J2の東京Ⅴが7連敗という地獄のようなトンネルをようやく抜け出した5月6日、私はJ1の「千葉ダービー」、千葉×柏を取材した。
 雨のなか「フクダ電子アリーナ」を埋めた1万1969人のファンは、迫力あふれるサッカーを堪能したに違いない。前節終了時点で3位の柏が持ち前の激しい動きを見せ、下位に低迷している千葉も昨年までの「走るジェフ」が復活して次つぎとチャンスをつくり、その攻防がスタンドを沸かせ続けたからだ。
 結果は1-1。引き分けだった。これで千葉は、ゴールデンウイークの3試合をすべて1-1で引き分けた。1つずつ勝ち点を積み上げてもなかなか順位は上がらない。第10節終了時で2勝4分け4敗、勝ち点10の第14位。選手たちも晴れ晴れとした気持ちにはなれないだろう。

 しかし試合後、千葉のアマル・オシム監督はそう不満そうではなかった。「内容の良い引き分けだった」と、彼は穏やかな表情で語った。
 そこで私は聞いた。
 「内容の良い試合ができているのに勝利につながらず、なかなか順位が上がらない。こういうときに必要なのは何でしょうか」
 「ポジティブに見ることが大事だと思う」

 若き指揮官はそう語った。
 その日の深夜、興味深いテレビ番組を見た。剣道というものを英語で紹介する番組だった。「四戒(しかい=4つのいましめ)」という言葉があることを知った。
 「驚」「懼(かい)」「疑」「惑」のことだ。突然の出来事に動揺する、相手を恐れる、相手が何をするか疑心暗鬼になる、そして迷う。この4つを克服することが、無心に戦うための基本であるという。
 サッカーでもまったく同じだと思った。相手のスピードや変化に驚いたり、相手の名声や試合結果を恐れたり、相手がどんなプレーをしてくるか、ああでもない、こうでもないと考えていたら、満足な試合などできない。
 そして何より、自分たちの能力や、やっているサッカーに迷いが生じたら、どんどん悪くなってしまう。自分たち自身を信じなければ、戦いを続けることさえできない。

 記者会見場に現れる前に、アマル・オシム監督は、千葉の選手たちに向かって、この日のプレーをほめていたに違いない。そして「このプレーを続けていけば、必ず結果がついてくる」と強調したことだろう。
 7連敗のさなかにも、多くの人が東京Ⅴの方向性は間違っていないと語っていた。問題はどこまで自分たちを信じ続けられるかということにあったはずだ。もがくような日々のなかで、ラモス監督も選手たちも、必死に「惑」と戦い、自分たちのサッカーを信じ抜いたに違いない。
 試合内容と結果は必ずしも一致しない。だが悪い結果のなかで自らへの信を失ったら、もはや良い結果は望めない。
 
(2007年5月9日)

No.645 誤審問題、もっと議論と検証を

 「ゴールデンウイーク」。Jリーグにとってはたしかに「黄金の1週間」だ。観戦に最高の季節。1年を通じて、家族連れの観客が最も多い時期だからだ。ことしも、Jリーグは、4月28、29日の週末と、5月3日、6日を使い、この期間に3節、J1とJ2を合わせて計44もの試合を全国で展開する。
 しかしことしのゴールデンウイークの初日、4月28日は、「事件」続きとなってしまった。柏×名古屋が試合前の雷雨のために49分間もキックオフが遅れるという珍事があった。しかしそれは「始まり」にすぎなかったようだ。この日のJ1では、試合結果を左右する大きな「誤審」が3つも起こってしまったのだ。

 横浜FC×清水では、自陣ゴール近くでボールをコントロールしてクリアしようとした清水DF市川が横浜FCのDF和田に両手で押され、そのままボールがゴールの中にこぼれたのが得点と認められてしまった。
 神戸×F東京では、右CKを神戸DF河本がヘディングシュート、ボールはGKの体の下にはいり、完全にゴールラインを割っていたが、主審も副審もこれを確認できず、ゴールが認められなかった。
 さらに新潟×横浜FM戦では、新潟DF坂本がペナルティーエリアの外でハンドの反則をしたのを、「エリア内」としてPKの判定が下された。この試合はホームの新潟が0−6という大敗を喫したが、横浜FMのMF山瀬功が決めたPKは前半終了近くの2点目。大きな意味をもっていた。

 こうしたなかで、「誤審だ」という報道はあっても、きちんとした議論や検証が行われていないのが残念だ。
 3人(第4審判を入れても4人)の目ですべての判断を下さなければならないサッカー。当然、すべてを見ることができるわけではない。死角もあるし、見るのが難しいタイミングもある。審判たちは、そうした「穴」をなくすために、トレーニングし、技術の向上に努めている。
 審判間のコミュニケーション向上で防げるミスもある。ワールドカップで使われた審判間のワイヤレス通話装置はJリーグではまだ使われていないが、それでもジェスチャーや旗の振り方など、意思を伝え合うための工夫がなされているという。
 こうした努力があってなお起こる「誤審」。それを「審判のレベルが低い」などというひと言で済ませていいのか。

 ひとつひとつの事例で、審判のポジショニング、その瞬間、何を予測し、何に注意を払っていたのかなど、詳細に検討し、なぜミスが起こったのかを明らかにする必要がある。そしてメディアには、それをきちんと伝え、理解を広める使命がある。感情的になっても、ただ審判たちを非難するだけでも、何も生まれない。ミスを減らすために、あらゆる方面の努力が必要だ。
 「誤審」は、チームやファンだけでなく、審判員にとっても、不幸なものだからだ。
 
(2007年5月2日)

No.644 ストライカーの頭脳

 「僕の得点を『幸運に恵まれただけ』と言う人がいる。たまたまいいところにいたから得点できたんだとね」
 Jリーグが始まったころ、名古屋グランパスにガリー・リネカーという選手がいた。イングランド代表で86年ワールドカップの得点王。「Jリーグ」の名を世界に知らしめた立役者のひとりだ。残念ながら負傷続きでJリーグでは力を発揮できず、2シーズンで帰国、引退したが、日本に滞在中、何回かインタビューする機会があった。彼の話はいつも「ストライカー」というものの本質についての示唆に富んだものだった。

 「僕はペナルティーエリアの中で常に動き、スペースにはいろうとしている。そして味方からパスがくる瞬間に、僕をマークするDFより半歩でも前に出ていようとしているんだ。その動きを10回してもボールがこないときもある。しかしそれでも僕は11回目も動く。そして15回目か20回目にようやくボールがくる。僕は常に正しいポジションを取ろうと努力しているんだ。ボールがきたときだけを見て、『たまたま』と言われるのは少し心外だね」
 リネカーの言葉を思い出したのは、先週土曜日、甲府でJリーグの甲府×柏のゲームを見ていたときだ。
 1−1で迎えた後半、退場で柏が10人になり、ホームの甲府が猛烈な攻勢を取り始めた。しかしなかなかシュートが決まらない。逆にカウンターから1点を食らう始末だ。甲府はようやく終盤に2点を取って逆転勝ちしたものの、せっかくの創造性あふれる攻撃がふいになっても不思議はない試合だった。

 「日本病」という言葉が浮かぶ。チャンスをつくってもそれがなかなか得点に結びつかないのは、甲府に限ったことではない。Jリーグでは例年、得点ランキングの上位にずらりとカタカナ名前が並ぶ。「決定力不足」は日本代表のニックネームではないかと思うときさえある。
 昨年のワールドカップでも、期待のエースたちが絶好のチャンスを外し続け、多くのファンを失望させた。頼りになるストライカーさえいれば、あの大会の結果はまったく違ったものになっただろう。

 リネカーは身長が175センチしかなかった。イングランドの選手としては「小柄」と表現してもよい。それでもたくさんのヘディングシュートを決めた。持ち味はスピードと言われたが、特別な速さがあったわけではない。技術的にもごく平凡だった。
 彼のストライカーとしての最高の資質はその頭脳にあった。練習のなかで、彼は試合中の相手DFの動きをイメージし、味方のプレーに合わせていかに「正しいポジション」を取るかを考え、工夫し続けた。そしてどんなタイミングでボールがきても、常にシュートにつなげられるよう心の準備をしていた。
 「身体能力」の問題ではなく「頭脳」が問われていることを、日本のストライカーたちは意識する必要がある。
 
(2007年4月25日)

No.643 JFLに異変あり

 日本フットボールリーグ(JFL)に異変が起こっている。
 Jリーグ(J1、J2)の下に位置するJFL。企業チーム、大学チームもはいっている全国リーグだが、Jリーグを目指すプロ体制のクラブもいくつか在籍している。このリーグで上位を占めることがJリーグ昇格条件となっているからだ。いわば、JFLはJリーグへの登竜門ということになる。
 とはいっても静岡県のホンダFCを中心にした企業チームもしっかりとしたサッカーを見せており、プロ体制といっても財政基盤の弱いクラブにとってはこれまで苦戦が続いていた。Jリーグへ上がればスポンサーもつくが、JFL所属ではなかなか資金が集まらないのが現状だからだ。

 昨年のJFLも、優勝はホンダFC、2位は佐川急便東京、3位は佐川急便大阪と、企業チームが上位を占めた。ことしは佐川の2チームが合併したため、ホンダと佐川の優勝争いかと予想されていた。
 しかしフタを開けてみるとJリーグを目指すクラブが大躍進を遂げ、周囲を驚かせている。首位は栃木SC、6試合を終わって5勝1分け、勝ち点16と快調だ。元FC東京のMF小林成光が3ゴール、元柏のFW山下芳輝が2ゴールを挙げ、見事に牽引車役を果たしている。
 2位は岐阜FC、これも5勝1分けだ。栃木SCは昨年7位。岐阜FCは東海リーグからことしJFLに昇格したばかりの「新顔」。このほか、ロッソ熊本も4勝2敗の6位と、上位をうかがう好位置につけている。

 昨年までは上位2チームにはいることがJリーグへの昇格基準になっていたが、Jリーグは今季からその基準を改め、すでにJリーグ準加盟の審査を通ったクラブなら、4位以内にはいれば昇格を認めることにした。そして、上記の3クラブとともに、ガイナーレ鳥取にも準加盟の資格を認めた。ガイナーレ鳥取は1勝2分け3敗の12位と出遅れているが、1980年代に松下電器をゼロの状況から育てた水口洋次監督の指導で、今後どんどん力をつけていくに違いない。
 「Jリーグ準加盟」が一挙に4クラブもできたことで、今季のJFLは大きく活気づいたようだ。優勝候補の筆頭と予想されていた佐川SCも本拠地を滋賀県の守山市に移し、徐々に「合併効果」を見せ始めて5勝1敗、首位栃木SCとは勝ち点1差の3位につけている。その下には、31歳の依田博樹新監督に率いられた横河武蔵野FCが4勝2分けで食い下がっている。

 クラブ名からも明白なように、「準加盟」の4クラブはいずれも既存のJリーグクラブがない県を本拠としている。JFL全体を見ても、全18チームが秋田県から沖縄県まで17の都府県に散り、うち9県はJリーグの「空白地帯」だ。JFLには、近い将来の日本の「サッカー地図」が明確に示されている。
 
(2007年4月18日)

No.642 暴力問題、メディアにも責任

 またも残念な事件が起こった。準々決勝を迎えたヨーロッパのクラブカップで、先週、2日連続してスタジアム内で観客と地元警察が衝突し、負傷者や逮捕者が出たのだ。
 UEFAチャンピオンズリーグの「ローマ対マンチェスター・ユナイテッド」、そしてUEFAカップの「セビリア対トットナム」。いずれも、ビジターのイングランド・チームのファンが関わった。
 「フーリガン復活」と、ヨーロッパの人びとは考えた。一方イングランドでは、イタリアやスペインの警察がちょっとしたことに過剰反応した結果だと、やや違った反応が出ている。いずれにしても、スポーツの観戦や応援の場で起こってはならないことだ。

 80年代に世界中に吹き荒れ、大きな犠牲を出した後、ヨーロッパでは90年代の後半になってようやく克服されたサッカー場での暴力事件。しかしことしになって、イタリア・カターニャでの暴動(2月)など、各地で血なまぐさい事件が続発している。
 サッカーだけではない。ギリシャでは、女子バレーボールの応援をめぐって、2つのライバルクラブのファンが衝突し、政府がすべての団体競技の試合を中止にさせるという騒ぎも起こっている。
 スポーツはスポーツでしかない。断じて戦争ではない。しかし問題が起きたケースを見ると、ほんの小さな出来事が引き金となって大きな事件に発展する雰囲気にあったのは間違いない。その原因は、対戦するチームのファン同士の過剰なライバル意識や、相手に対する敵視などだ。

 クラブカップも準々決勝になるとそろそろ「頂点」が見えてきてファンの期待もピークに達している。ひとつのゴール、ひとつの判定に異常なほど反応し、異常に熱した空気のなかで相手チームのファンで埋まった観客席に物を投げ込んだり、挑発するような歌を歌ったりする。
 いくら厳重な警備をしても、ファン同士を分離させても、そうした雰囲気を消すことはできない。むしろ対立感をあおるばかりだ。根本的な解決にはならない。
 こうした事件を根絶するには、スポーツはスポーツであり、「生か死か」の問題でも、ライバル同士が互いに人格を傷つけ合うようなものでもないことを、ファンたちにしっかりと理解させるしかない。その責任は、主としてメディアにあると私は思う。

 ところが、現代のメディアは逆に対立をあおり、相手を挑発するような役割を果たしてしまっているのではないか。試合の価値を大げさな文句で喧伝し、ファンが思わず走り出してしまうようにリードしているのではないか。
 ヨーロッパだけの話ではない。日本でも、ことスポーツになると、メディアは無責任な「あおり文句」を連発してはばからない。スポーツの場であってはならない事件を起こさないためにも、メディアが自らの役割を認識し、自戒する必要があると思うのだ。
 
(2007年4月11日)

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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