サッカーの話をしよう

No.247 秋田豊 美しきシーズンの終幕

 モットラム主審の長い笛が鳴る。1万7000人近くを飲み込んだカシマスタジアムが歓喜で爆発する。フィールド上では、アントラーズの選手たちが抱き合うかたわらで、青いユニホームのジュビロ選手たちが呆然が立ちつくしている。
 フィールドのほぼ中央では、今シーズンを全速力で駆け抜けてきたジュビロのFW中山雅史が、大きく天を仰ぎ、そのままグラウンドにひっくり返る。Jリーグ連覇を逃した無念の気持ちは、容易に察することができた。
 ジュビロのDF服部年宏が助け起こそうと歩き始めたとき、ひとりのアントラーズ選手が中山に気づいた。試合中には中山と火花の散るような競り合いを展開していたアントラーズDF秋田豊だった。

 秋田はチームメートの歓喜の輪には加わらず、まっすぐ中山のところに走り寄って右手を差し出し、助け起こすと、何か言葉をかけけた。中山も、秋田に気づくとすぐ立ち上がり、笑顔で祝福した。1998年Jリーグのフィナーレは、美しいフェアプレーのシーンだった。
 
 98年の日本のサッカー界は厳しいニュースにさらされた。
 国民的な関心を呼んだワールドカップは、結局、3連敗で終わった。アルゼンチン、クロアチアという世界的な強豪との試合内容は称賛に値するものだったが、大きな期待を抱いていたファンの間には失望感が広がった。
 Jリーグクラブの経営危機の表面化、そして一部出資企業の撤退や支援後退は、深刻なニュースだった。各クラブは「生き残り」をかけて年俸の大幅ダウンや選手数削減などに取りかかっており、「Jリーグ市場」は急速に、そして不必要なほどに、しぼんでしまおうとしている。

 しかしこの年は、同時に、2002年ワールドカップに向けて希望あふれるスタートの年ともなった。中田英寿がベルマーレ平塚からイタリアのペルージャに移籍して大活躍、国内では、その穴を埋めるように小野伸二が浦和レッズでJリーグにデビュー、たちまちトップスターとなった。
 小野の最大の魅力は、もちろん、そのプレーにある。これまでの日本サッカーにはないボールテクニックのレベル、類まれなパスセンスと得点能力。しかしそれだけでは説明のつかないものを、この19歳の若者はもっている。そのひとつが、彼の「笑顔」だ。
 試合中も、彼の笑顔に出合うことは珍しくない。チームメートがすばらしいプレーをしたとき、あるいはまた失敗をしたとき、彼は笑顔でほめ、また笑顔で大丈夫だよと励ます。そして、自分だけでなく、チームのゴールが決まると、彼の周囲に笑顔の輪が広がる。

 私には、小野伸二という存在そのものが、「サッカーの喜び」というメッセージのように思えてならない。小野はサッカーの喜びをプレーで表現し、そしてまばゆいばかりの笑顔でしめくくるのだ。
 アントラーズの秋田もまた、魅力的な笑顔の持ち主だ。ハードなタックル、気迫あふれるヘディングからは想像もつかない優しい笑顔を、試合後には見せてくれる。
 そして、Jリーグ・チャンピオンシップの試合終了後に見せた中山への友情と敬意あふれる態度は、彼がサッカー選手としてピークにある現在、ひとりのスポーツマンとしても超一流の人格であることを示した。
 小野の笑顔は「サッカーの喜び」のメッセージを運ぶ。しかし秋田の笑顔や行動からは、より成熟した「人生の豊かさ」のメッセージを感じることができる。

(1998年12月02日)

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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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