サッカーの話をしよう

No.1089 日本の若手、世界に挑む

 インドのゴアといえば、私には大航海時代にポルトガルのアジア交易の拠点となった港町ぐらいの知識しかなかった。そのゴアで、日本の若者たちが堂々としたプレーを見せて来年9月にこの町を含むインドの6都市で開催されるFIFA U−17ワールドカップへの出場権を獲得した。
 今月16日から行われているアジアU−16選手権。日本はグループリーグ3試合で21得点、失点0という猛威を奮った。準々決勝のUAE戦でも圧倒的な攻勢をとったが、荒れたピッチにも悩まされ、得点は前半にCKから挙げた1点のみ。それでもMFの平川怜(F東京)と福岡慎平(京都U−18)を中心とした積極的な守備で4試合連続の無失点。準決勝進出とともに世界大会への切符を手に入れた。
 大半が高校1年生のチームだが、攻撃を牽引するのは中学3年生のFW久保建英だ。先日平川とともにF東京のトップチームに登録され、話題になった選手である。ゴアでは劣悪なピッチに苦しめられているが、来年の世界大会でも注目を集めるだろう。
 明日、U−16日本代表は準決勝でイラクとぶつかる。
 さて、「世界」を目指すのはU−16だけではない。来月には、もうひとつのユース代表が世界大会のアジア予選に挑む。来年韓国で開催されるU−20ワールドカップ出場を目指すU−19日本代表だ。
 1990年代、U−20ワールドカップは日本のサッカーの急成長を加速させる「ブースター」だった。初めて予選を突破した1995年大会の選手たちが翌年には28年ぶりのオリンピック出場をもたらした。1999年には準優勝。その経験が地元開催の2002年ワールドカップでの好成績につながった。
 だが2007年大会を最後に、日本は2年にいちどのこの重要な大会から10年間も離れてしまっている。4回連続アジア予選の準々決勝で敗退したからだ。日常的に強豪と対戦できるわけではない日本。U−17からU−20、そして五輪(U−23)へと続く世界大会での真剣勝負の経験は、最終目標としてワールドカップに挑む日本代表の強化に欠かすことのできない要素だ。
 このチームは多くがJリーグのクラブに所属するプロ選手。DF中山雄太(柏)のように所属クラブでポジションをつかんでいる者もいる。MF堂安律は強豪G大阪で貴重な戦力になっており、FW小川航基(磐田)は日本サッカー界期待の長身選手だ。
 そしてこの年代は、4年後にはU−23、すなわち「東京五輪世代」となる。当然、世界大会への出場権獲得への熱望は、これまでになく高い。U−16が世界の扉を開いたいま、中東バーレーンで10月14日のイエメン戦から始まるU−19の戦いにも注目したい。

(2016年9月28日) 

No.1088 いよいよデビュー、追加副審

 10月5日に東京と大阪で行われるJリーグ・ルヴァンカップ(旧ナビスコ杯)準決勝第1戦が楽しみでならない。日本のサッカーに、いよいよ追加副審が登場するからだ。
 サッカーの審判は1891年に主審1人と副審(当時は線審)2人の「3人制」になり、百年後の1991年に主審や副審の仕事を助ける「第4の審判員」を置くことができるようになったものの、基本的には125年後の今日まで同じ形が続けられている。
 だがより正確な判定を求める時代の要請には勝てない。2012年、ゴールを判定する「ゴールラインテクノロジー」とともに、両ゴールの近くに位置する追加副審の導入が認められたのだ。ただ前者は設備導入と運営に巨額の資金を必要とし、後者は人的な手当てが大変なため、日本国内では導入されなかった。
 昨季の開幕直後に重大な誤審が重なったことでJリーグの村井満チェアマンが追加副審導入の検討を要請。ことしのルヴァンカップ準決勝以降の5試合と、チャンピオンシップ(最多5試合)で正式に導入されることが決まった。
 以来、Jリーグに審判員を派遣する日本サッカー協会は入念な準備をしてきた。このシステムのスペシャリストであるシャムスル・マイディン氏(シンガポール)を招聘(しょうへい)して研修会を開き、5月下旬からJリーグ3部(J3)の試合を使って試験を行ってきた。先週まで毎節1試合、計13試合で実施してきた試験は、今週末、9月25日の富山×大分で終了する。そしていよいよ10月5日、「デビューの日」を迎えるのだ。
 試験に参加したのは、各試合で主審1人、副審2人、追加副審2人の計5人、13試合で延べ65人になる。Jリーグのタイトル争いで使うための試験だから、当然、全員J1を担当する審判員だ。ちなみに、追加副審は「主審」として活動している人が務めることになっている。
 追加副審のシステムでは、主審、副審、追加副審の3人でひとつのゴール前のプレーを3方向から見る。角度や見るべき事象など役割を明確に分担し、タイミングよくコミュニケーションを取り合うことが重要なポイントだ。5月の研修会では、これまでとはかなり違う役割にとまどう審判員も少なくなかった。
 だが5カ月間にわたった準備で役割分担もスムーズになってきたに違いない。試験導入の後半には、同じ役割で2回目、3回目を担当する審判員も見られ、「候補者」も絞られてきたようだ。
 対戦する両チームだけでなく審判チームもコミュニケーションとチームワークが命。ルヴァンカップ準決勝では、ゴールの右横に立つ新しい審判員にも注目してほしい。

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AR研修会

(2016年9月21日) 

No.1087 空振りの理由

 「なんでなんかなあ」
 試合後、日本代表MF本田圭佑はそうぼやいた。ワールドカップ予選タイ戦(6日、バンコク)での「空振り」のシーンである。
 前半24分、中央にいたFW浅野拓磨が左に走る。タイミングを逃さずに左DF酒井高徳からパス。浅野は相手を背中でブロックしながら縦に抜け出し、左足でゴール前に低く強いボールを通した。
 タイGKがボールに飛び付くが止められない。右からはいった本田はフリー。目の前にはがら空きのゴール。だがボールは合わせようとした左足インサイドの前をすり抜け、逆サイドに転がった。
 ミスの原因は明らか。左からのボールに対して左足で合わせようとしたことである。
 本田の利き足は左である。試合中大半のボールを左足で扱い、その左足から数多くの得点を生み出してきた。2010年ワールドカップのデンマーク戦で決めた約37メートルの直接FKは、日本サッカーの輝かしい金字塔のひとつだ。
 タイ戦、本田の頭には2012年6月のオマーン戦の先制点がよぎったかもしれない。難攻不落と言われたGKハブシを破ったのは、DF長友佑都の左クロスに合わせた本田の左足インサイドボレーだった。だが長友のパスは浮き球で、本田には体を開いてボールに合わせる時間があった。タイ戦の浅野のクロスはスピードのあるグラウンダーだった。
 左からの速いボールに、本田は左足のインサイドで合わせようとした。リプレーを見ればわかるが、ボールのコースに対して本田の左足はほぼ90度でけることになる。とても難しい技術だ。右足のインサイドで「面」をつくるように合わせていれば、角度は45度になり、ボールははるかにとらえやすかっただろう。
 クロスパスをワンタッチでシュートしようとするとき、右から送られたボールなら左足で、左からなら右足でとらえるのは基本と言ってよい。Jリーグでも日本代表でも、利き足を振り回して空振りやシュートのコースが大きくずれてしまうシーンが珍しくないのは、驚くべきことだ。
 本田をはじめトッププロたちは、練習では同じ状況でも平然と左足で合わせて決めているのだろう。だがより確実なのは右足を使うこと。細かな基本をおろそかにしたことが「空振り」の原因だった。
 日本がバンコクで戦った同じ日、オーストラリアは酷暑の中東アブダビでUAEと対戦、0-0で迎えた後半30分に左からのクロスをFWケーヒルが右足で合わせて1-0の勝利。予選2連勝を飾った。ケーヒルは右利き。本田を彼と比較するのはフェアではない。だが絶好のチャンスを決めるか決めないかの差は天国と地獄のように大きい。

(2016年9月14日) 

No.1086 『テレビの力』を見せた真実の瞬間

 「テレビの力」を、まざまざと見る思いがした。9月1日のワールドカップ予選UAE戦である。
 後半32分に日本代表FW浅野が放ったシュートは、懸命に戻ったUAEのGKエイサが空中でかき出した。ゴールラインを超えていたのかどうか、記者席の私には確認できなかった。だが帰宅して録画しておいた放送を見るとボールが完全にゴールラインを割った「証拠映像」があった。
 この日はテレビ朝日とNHK・BSの2局で生中継があった。NHKのリプレーは斜め手前からゴールを映したもので、完全にラインを割ったかどうか確認はできない。しかしテレビ朝日の放送では、ゴールラインの延長線上に設置したカメラがまさに「そのシーン」をとらえていた。
 私には近年の日本のサッカー放送に大きな不満がある。Jリーグの放送の大半は、オフサイドなど試合を決める重大な場面があっても判定の正誤を検証するリプレーがほとんど出ない。より正確に言えばカメラの台数が足りず、検証できる角度の映像自体がないのだ。瞬間的に、あるいは隠れた角度で何が起こっていたのか、それを白日の下にさらすのがテレビ放送の最大の「武器」のはずなのだが...。
 「ことしの欧州選手権などで刺激を受けて、ホスト放送局として最高の映像をつくろうと計画しました」
 9月1日の番組を担当したテレビ朝日の桜井健介プロデューサーはそう話す。Jリーグの放送ではカメラは6、7台だが、この日はピッチ上空を瞬時に移動する「スパイダーカメラ」も含めその4倍の30台近くを投入した。そして初めて設置されたのが「ゴールラインカメラ」だった。
 「河本祐典チーフディレクターと技術チームが研究を重ね、観客席の手すりに無人の小型カメラを固定しました」
 その最初の試合で決定的なシーンが生まれるとは、桜井さんでさえ予想しなかった。リプレー挿入のタイミングも絶妙だった。そして世界中が「幻のゴール」を知った。
 カタールの審判団にとっては厳しい「証拠映像」だったかもしれない。だが私は「中東の笛」などと彼らを非難する気にはなれない。NHKの映像の角度でさえ確信はもてないのだ。主審はもちろん、副審も動きながら確認するのは極めて難しい。現行の審判制度では見きれないから、世界中が「ゴールラインテクノロジー」や「追加副審」、さらには「ビデオ副審」に血眼を上げているのではないか。
 だがそうした議論も元になる「真実の映像」があればこそ。当然、制作費の制約はあるだろうが、真実を明らかにする「テレビの力」をもっともっと追及してほしいのだ。


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テレ朝がとらえた「真実」の瞬間



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NHKの映像では確信はもてない


(2016年9月7日) 

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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