サッカーの話をしよう

No.687 中国のラフプレーをバッシングの材料にするな

 東アジア選手権の取材で3年半ぶりに中国の重慶に行った。
 03年夏のアジアカップ時には反日ムードが強く、社会的にも大きな話題となった。今回も日本の国家演奏のときに口笛を吹かれたり、プレー中にブーイングを受けるなど「日本嫌い」は濃厚だったが、前回ほどのとげとげしさはなかった。
 女子の試合は重慶の中心部から西へ60 キロほど離れた永川市で行われた。ここでは君が代演奏のときに大半の観客が起立し、静かに聞いていた。
 しかしそのなかで新たな問題が浮上した。中国チームのラフプレーだ。
 20日に行われた男子の日本と中国の試合で、前半に1点をリードされた中国のプレーが荒れ、ラフプレーが続出した。日本のMF安田がGKの「跳びげり」のようなアタックを受け、負傷交代を余儀なくされた。退場だけでなく長期間の出場停止になってもおかしくない危険な反則だったが、出されたのはイエローカードだけだった。
 終盤になると、足を上げてのタックル、プレー後の体当たりや足へのキック、抜かれそうになったときにつかみ倒すなど、中国選手はやりたい放題になった。
 こうした行為に対し日本代表の岡田監督が「選手がけがの危険にさらされた」と発言、日本サッカー協会の川淵会長も苦言を呈した。その気持ちは当然だが、少し神経を使うべきだったと思う。
 いま日本では中国の工場でつくられた冷凍食品の問題で新たな「日中問題」がもちあがっている。スーパーで販売されたギョーザから殺虫剤の成分が検出されたというのは国境を超えた大問題なのに、メディアの動きはもっぱら「中国バッシング」に終始している。そしてサッカーの中国代表への非難も、バッシングの新たな材料にされた。
 中国は初戦で韓国に敗れ、第2戦の日本にも先制されて追い詰められていた。開催地元として大きなプレッシャーにさらされていたのは当然だ。この状況では無理なプレーもする。自らの危険もかえりみず体を張る。
 それを制御するのはもっぱらレフェリーの役割だ。この試合を担当したオ・テソン主審(北朝鮮)は的確な仕事ができていなかった。能力がなかったのか、経験不足で雰囲気にのまれたのか、あるいは何らかの意図があったのか、それはわからない。明確なのは、「コントロールできなかった」という事実だけだ。
 中国選手のセルフコントロールの能力にも問題はある。しかしラフプレーが横行した最大の責任はレフェリーにある。中国バッシングに利用するのは間違っている。
 
(2008年2月27日)

No.686 光る看板、シルエットの選手たち

 東アジア選手権が開催されている中国・重慶のスタジアムで、興味深い光景を見た。「光る広告看板」である。
 ピッチの周囲に配置された広告看板のうちいちばん目立つ位置にあるハーフライン付近の2枚が「電光広告」方式だった。大会が開幕した2月17日の重慶は濃霧。大気汚染と相まって一日中黄色がかった霧のなかだった。当然、選手たちの動きも見にくい。そのなかで、広告看板だけが光り輝いていたのである。

 1年半ほど前のこのコラムで、「電光広告看板の禁止を」という内容の記事を書いた。ヨーロッパで流行し始めた動画方式の広告看板が、快適な観戦の妨げになるという主張だった。重慶の電光広告はその「簡易版」ともいうもので、動画を映せるわけではなく、ロゴが光るだけだった。何分かごとのローテーションで大会スポンサー名が映されるというものだった。
 それでも薄暗いグラウンドのなかでその看板は衝撃的なほど自己の存在を主張していた。そしてその前でプレーが行われると、選手が光を背景にシルエットになった。

 私は、電光方式の広告看板はサッカーの試合にはふさわしくないと考えている。ピッチの周囲の広告看板自体を否定するわけではないが、それは平面に描かれたもの(その平面が動くものも含め)に限定されるべきだと思う。
 現代のプロサッカーを支えているのはテレビ放映権や広告看板の販売などからはいってくる資金であることは間違いない。しかしこうした商業活動ができるのは、スタジアムが観客で埋まり、スペクタクルな雰囲気で試合が行われているという事実がベースにあることを忘れてはならない。制裁などで「無観客」を強いられた試合が、恐ろしく間の抜けたものになることを、私たちは何回も見ている。
 何よりも優先されるべきは観客の快適性のはずだ。電光方式の広告看板は観客の試合への集中を妨げる。映画館で上映中にスクリーンの上部に絶えず広告が流されていたら、どう感じるだろうか。電光方式の広告看板とは、すなわちそういうものなのだ。

 1年半前の時点で、ヨーロッパでもこの方式はまだ主流ではなかった。国内では、浦和レッズのホームで、クラブが管轄するゴール裏の、しかも通常の広告看板の背後に置かれたものだけだった。監督や選手たちが「プレーしづらくなるから」と、ゴールラインのすぐ背後に設置することを反対したためだった。
 しかしヨーロッパでは完全に電光看板が主流になった。浦和では昨年からゴール裏の看板が電光方式になった。そしてJリーグでも、今季から毎節1試合、バックスタンド側のリーグ公式スポンサーの広告看板が電光式となる。
 電光式にすると、広告の訴求力が高まり、広告価値が上がって収入が大幅にアップするのだという。収益増大は大事なことだ。しかし快適な観戦環境とのバランスを忘れたら、元も子もなくなる。
 重慶のスタジアムの「光る看板、シルエットの選手たち」は、現代のサッカーに対するサッカーの神様からの警鐘のように感じられた。


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(2008年2月20日)

No.685 世紀の愚行

 「エイプリルフールかい?」思わずそう聞いてしまったのは、ミドルスブラのサウスゲート監督だった。
 2月7日、イングランドのプレミアリーグに所属する全20クラブは、リーグの公式戦を海外で行う計画を決議した。誰が考えたのか、そのシステムはなかなか巧妙だ。
 現在、20チームのホームアンドアウェー、1チームあたり38試合で優勝を争っているプレミアリーグ。それを各チーム1試合増やす。それは「1節分、計10試合」にあたるが、これを海外で行う。2試合ずつ組み、ひとつの週末に世界の5都市で開催する。この「39試合目」もリーグの成績に含める。そしてその5都市は、入札によって、すなわち、より高い「開催権料」を約束したところに売るというのである。
 プレミアリーグは、現在、世界で最も高い関心を払われ、最も多くの収益を上げているリーグだ。観客数ではドイツのブンデスリーガに及ばないが、放映権では人気ナンバーワンで、世界中で放映されているからだ。
 「プレミアリーグの過剰な放映拡大は、世界各国で地元のクラブやリーグの成長に悪影響を与えている」
 昨年、そう警鐘を発したのは、国際サッカー連盟(FIFA)のブラッター会長だった。タイ、マレーシア、中国などで、地元のプロリーグの試合よりも、プレミアリーグの放送のほうがはるかに高い関心をもたれている。
 FIFAは3月の理事会でこの計画について議論すると発表している。今回、いち早く反応したのはFIFA理事のひとりでもある日本サッカー協会の小倉純二副会長だ。
 「原則的に日本チームがからまらない外国チーム同士の試合は許可していない。Jリーグとクラブを守るためにも、日本での開催には反対する」
 「外」からの反対を待つまでもなく、国内のメディアも批判的だ。「サッカーは魂を売った」(『エキスプレス』紙)などと厳しい。プレミアリーグ・クラブの監督たちもサウスゲートのような意見が一般的だ。ヨーロッパ・サッカー連盟(UEFA)のプラティニ会長は、「何かのジョークだろう? だいたいイングランド・サッカー協会自体が許さないだろう」と語っている。
 プレミアリーグは、この計画を10〜11シーズンにスタートし、第1回は11年の1月になるとしているが、周囲の状況から見て、実現は非常に困難のように思える。
 しかし今回の騒動は、ヨーロッパのプロクラブの「世界戦略」について考え直すいい機会ではないか。プレミアリーグのような極端な計画ではなくても、イングランド、スペイン、ドイツなどのクラブはその市場を世界に広げ、地元のサッカーを圧迫し始めている。日本でも同じだ。
 ところが現状は、肝心のJリーグやそのクラブが「プレシーズンマッチ」と称し、嬉々として彼らと対戦し、自らの「マーケット」を脅かす行為に荷担してしまっている。Jリーグやそのクラブの健全な発展は、日本のサッカーの基礎だ。それに対する脅威が、いまや「外」からもきていることを意識する必要がある。
 
(2008年2月13日)

No.684 スローインを適切に

 サッカーのルールの基本的な考え方のひとつに「公平性」がある。対戦する両チームが公平にプレーできることを保証するのがルールなのだ。その観点で、「ロングスロー」について考えてみた。
 1993年に日本で開催された「FIFA U−17ワールドカップ」で「キックイン」のテストが行われた。タッチラインからボールが出たとき、サッカーでは手でボールを投げる「スローイン」で試合を再開する。それを足で行うというもの。ゲーム展開の迅速化を狙ったルール改正のためのテストだった。
 多くの出場チームは、ボールを拾った選手がタッチライン上にボールを置いて味方にパスを送り、すばやく試合を展開した。しかし日本を含むいくつかのチームは、相手陣でキックインがあると専門のキッカーが出て行ってゴール前にロングパスを送り、長身選手にヘディングで狙わせるという戦法を取った。そのたびに試合が止まり、スピード感を失わせた。結局、ルール改正は見送りとなった。

 両手を均等に使ってボールを頭の上を通して投げるスローインは、意外に難しい技術だ。思うように力がはいらないのだ。しかし相手陣深くに攻め込んでスローインを得たとき、もし30メートルを投げる選手がいれば大きな力になる。「キックイン」と同様、コーナーキックに等しいチャンスになるからだ。
 多くのチームには「ロングスローのスペシャリスト」がいる。しかしよく観察するとその何割かは「片手投げ」だ。明らかに違反である。
 両手でボールを持つのは間違いない。しかし右利きなら右手をボールの真後ろに当て、左手は少し添えるだけにして投げると、正しい投げ方と比較して驚くほど遠くに投げることができる。Jリーグでも、この投げ方で「ロングスローのスペシャリスト」を任じている選手が何人もいる。

 ところが、こうした投げ方が違反と判定されることは滅多にない。主審はボールが投げられた先の競り合いに、そして副審は投げた選手の足がラインを越えていないか、両足がグラウンドについているかどうかに気を取られ、両手が均等に使われていないことに気がつかないからだ。
 写真は1990年ワールドカップのときに撮ったもの。投げているのはベルギーの名DFゲレツ選手だ。長身選手をそろえたベルギーにとって、ゲレツのロングスローは大きな武器のひとつだった。しかし彼が「片手投げ」だったのは写真でも明らかだ。

 多くの選手がルールどおりの投げ方をしているなかで、「片手投げ」がまかり通り、そこからいくつもチャンスが生まれるのは不公平と言わなければならない。ルールの精神にもとる現象である。
 ロングスローが行われたとき、レフェリーたちはボールを投げた後の両手の形に気をつけて見てほしい。両手がそろっていなければ、それは「片手投げ」をしたということになる。そうしたスローインをなくし、公平なゲームにしなければならない。


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(2008年2月6日)

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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