サッカーの話をしよう

No.1163 ワールドカップに向け『チームファースト』貫け

 「1%でも2%でも、ワールドカップで勝つ可能性を上げるために決断をした」
 4月9日、日本サッカー協会の田嶋幸三会長は、日本代表のバヒド・ハリルホジッチ監督との契約を7日に解除、技術委員長だった西野朗氏を新監督に決定したと発表した。ワールドカップ開幕まで66日。西野新監督に与えられる準備の時間は、大会直前の3週間あまりしかない。
 3月下旬にベルギーで開催された2つの親善試合は、非常に低調な内容で、ファンを失望させた。この試合で選手たちからハリルホジッチ前監督の方針に対する批判のような意見も出始めたことから、「コミュニケーションや信頼関係が薄れてきた」と判断、解任を決断し、パリに出向いて本人に告げたという。
 日本サッカー協会の予算は現在200億円を超しているが、その大きな部分を担っているのが日本代表だ。国内開催試合の入場料収入、テレビ放映権収入、関連グッズ収入など、日本代表の人気次第で大きな影響がでる。
 2006年からの4年間、日本協会の財政事情は非常に厳しかった。ワールドカップでファンを失望させた結果、代表試合で空席が目立ち、放映権収入も大幅に落ちたからだ。純粋なスポーツ面だけでなく、あるいはそれ以上に、日本協会には日本代表が強くそして人気のあるチームであってくれなければ困る理由がある。だから田嶋会長の決断はけっして軽いものではない。
 ともかく、さいは投げられた。西野新監督が選手たちと固い信頼関係を築き、チーム一丸の戦いのなかで勝機を見いだしてくれることを祈りたい。だがその前提として2つの条件がそろう必要がある。選手と協会が真摯(しんし)にワールドカップに取り組むことだ。
 日本は過去5回のワールドカップに出場してきたが、そのうち2回は大きく期待を裏切った。2006年ドイツ大会と2014年ブラジル大会だ。2大会には共通する要素があった。ひとつは選手たちの考え違い、そしてもうひとつは、日本サッカー協会による日本代表チームの過剰な利用だ。
 この2大会、選手たちは大会前の親善試合などで自らの実力を過大評価し、「挑戦者」の姿勢を失っていた。大会にはいって痛いしっぺ返しをくらうのは当然だった。
 そして日本協会自体も、日本代表をイベントに引き回すなど、チームが大会準備に集中するのを妨げた。サポートするはずの協会が足を引っ張って勝てるはずがない。
 「大会に向けサッカー界の力を結集できるよう、全身全霊で取り組む」と西野新監督はコメントを出した。選手、監督、協会のすべてが「チームファースト」で取り組む以外、道はけっして開けない。

(2018年4月11日) 

No.1162 スター選手なしで勝つことを学ぶ

 「我々はネイマールなしでも勝つことを学びつつある」
 3月の親善試合でロシアに3-0、ドイツに1-0と、アウェーで連勝を飾ったブラジル。ベルリンでのドイツ戦は4年前のブラジル・ワールドカップでの歴史的大敗後初めての対戦と注目されたが、前半38分にFWガブリエルジュズスがゴールを決め、この1点を守り切って勝った。
 2016年6月、ワールドカップ予選で低迷していたブラジル代表の監督に就任、以後8連勝で一挙に出場権を獲得して国民的英雄になったチッチ監督(56)は、この試合後にも落ち着いた低い声で試合を振り返った。そして冒頭に記した言葉こそ、ブラジルが6回目のワールドカップ優勝に向かって大きく前進したことを如実に表すものだった。
 ネイマール(26)はブラジルのエース。アルゼンチンのメッシ、ポルトガルのクリスティアノロナウドと並び、誰もが認める現在の世界のトッププレーヤーだ。昨年の夏には2億2200万ユーロ(約290億円)という信じ難い巨額でバルセロナ(スペイン)からパリ・サンジェルマン(フランス)に移籍した。
 4年前のブラジル代表において、ネイマールはすでに絶対的な存在だった。というより、ネイマールの突破力と得点力に、ブラジルの命運がかかっていた。準々決勝のコロンビア戦で彼が負傷すると、ブラジルの快進撃は突然止まった。その試合が、準決勝、ドイツに対する1-7という歴史的大敗だった。
 チッチ就任以来の予選8連勝のなかでネイマールは6得点を記録している。どんな相手からも得点を奪ってチームを勝利に導いてくれる選手を欲しがらない監督はいない。しかしチッチは4年前のチームのようにネイマールに依存しているわけではない。
 2月25日、ネイマールは日本代表のDF酒井宏樹が所属するマルセイユ戦で右足を負傷、「第5中足骨骨折」と診断されて手術を受けた。復帰見通しは2カ月半から3カ月後。ワールドカップに間に合うか非常に微妙なところだ。
 ブラジルのレジェンド、ペレ(77)は「ネイマールの存在はブラジルにとって死活問題だ」と語った。チッチも「余人をもって替え難い」と評した。だがその一方で、3月23日のロシア戦でネイマールのポジションで先発することになったドウグラスコスタについて「彼は彼のプレーをすればよい。私たちは、より強くなるための挑戦を、チームとして続けるだけだ」と、エースを欠いてもチームの姿勢は変わらないことを示した。
 そしてロシアとドイツに連勝。サッカーに対するチッチの真摯(しんし)な姿勢が、ブラジルをこれまでにない高みに導こうとしている。

(2018年4月4日) 

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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