サッカーの話をしよう

【号外】2人のFIFA副会長逮捕

 国際サッカー連盟(FIFA)の現役副会長2人を含む南北アメリカ大陸のサッカー役員が十数名も逮捕されたという事態は、サッカーにとって大きな危機に違いない。
 逮捕に踏み切ったアメリカの司法当局は、「きょう、われわれはFIFAにレッドカードを突きつけた」と宣言。FIFAの倫理委員会は11人の関係者に対して国内・国際にかかわらず一切のサッカーに関する活動を暫定的に停止する処分を発表した。
 だが実際には、今回の逮捕劇は、逮捕者の多くがきょう(5月29日)に行われるFIFA総会のためにスイスに集まっていたところで行われたというだけで、FIFAを舞台にした事件というわけではない。アメリカ司法当局が逮捕に踏み切したのは、北中米カリブ海サッカー連盟(CONCACAF)と南米サッカー連盟(CONMEBOL)の大会や放映権などに関しての不正に関与した人物だけで、すべてが南北両アメリカ大陸の現・旧サッカー役員である。
 FIFAの役員は、209の加盟協会の投票による総会での選挙で選ばれる会長と女性理事(1人)以外は、8人の副会長も15人の理事もすべて地域連盟での選挙で決められる。すなわち25人の役員のうち23人は地域連盟から送り込まれてくる。FIFAやその会長に「任命権」があるわけではない。
 そうして選ばれたFIFAの副会長2人と、今回の総会で日本の田嶋幸三氏らとともに「新FIFA理事」として任命されるはずだったコスタリカ・サッカー協会の会長が逮捕者にはいっていたとしても、FIFA自体に落ち度があるわけではない。
 アメリカの司法当局がなぜいま、どんな目的で逮捕に踏み切ったのか、詳細はわからない。しかしこの逮捕理由では、FIFAを動揺させることはできても、足元を揺さぶるまでには至らないだろう。
 もちろん今後、スイスの司法当局がFIFA自体にメスを入れ、2018年と2020年のワールドカップ(ロシアとカタール)の開催国決定をめぐる不正を暴き出すことができれば、FIFAという組織が根本からひっくり返る可能性もある。今回のアメリカ司法当局の決断はそのような「連鎖」を引き起こそうというものかもしれない。
 だが今回の逮捕劇はあくまでCONCACAFとCONMEBOLというFIFA傘下の2つの地域連盟の役員による、地域連盟主催あるいは主管の大会での不正を暴いたもの。いたずらに「FIFAの暗部」を煽っても意味はない。ここは冷静に事態の進展を見守るべきだろう。

(2015年5月29日)

No.1025 テクニカルエリアでは責任ある態度で

 「テクニカルエリア」はサッカー場で最も新しく引かれたラインである。Jリーグと同じ1993年に誕生した。といっても「ピッチ外」のエリアではあるが...。
 ペナルティーエリアが描かれてサッカー場がほぼ今日の形になったのが1902年。35年後の1937年にペナルティーキックのときにキッカーとGK以外の選手が離れていなければならない距離を示す「ペナルティーアーク」が付け加えられ、今日と同じラインが完成した。
 それから56年後、1993年のルール改正でテクニカルエリアが設定され、ベンチを離れてピッチ近くまで出て指示を出していいことになった。
 通常は白い破線で描かれるテクニカルエリア。大きさが決まっているわけではなく、ベンチの左右1メートル外、そしてタッチラインから1メートル離して設定される。監督を含むチーム役員のうち1人が、このエリア内であればベンチを離れて指示を出すことができる。
 このルールができたころには、指示を出したらすぐにベンチに戻らなければならなかった。だが2009年のルール改正でずっと留まっていることができるようになった。Jリーグは監督だけでなく通訳も出ることを許されていたが、昨年から国際サッカー連盟の解釈どおり、1人だけとなった。通訳が選手に指示を伝えるために出るときには、監督はベンチに戻っていなければならない。
 タッチラインから1メートルというのはとても近い。とくにピッチに向かって右側のタッチライン外は副審が走る。ライン際のプレーから離れようと副審がバックステップしたらテクニカルエリアの端に立っている監督と衝突しかねない。副審の安全を考えれば、テクニカルエリアはあと50センチはタッチラインから遠ざけるべきと、かねてから私は思っている。50センチ下げても、指示を出すのに影響はない。
 ところで、「テクニカルエリア」とは本来ベンチを含む地域のこと。ルールにはとても重要な一項がある。「監督およびその他テクニカルエリアに入る者は、責任ある態度で行動しなければならない」という文言だ。
 「タッチライン際のFK。キッカーがロングパスを送ろうと下がっていくとそこには相手の監督が立っていた。そして『自分のテクニカルエリアのどこにいようと自由だ』と言い、動こうとしない。主審はどう対処する?」
 こんな質問が、以前紹介した英国の新聞記事にあった。
 元レフェリーであるキース・ハケットの回答は厳しい。
 「テクニカルエリアは監督の領土ではない。注意しても責任ある態度を取らないなら退席処分にすべきだ」

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(2015年5月27日) 

No.1024 FIFA 111回目の誕生日

 5月29日、スイスのチューリヒで国際サッカー連盟(FIFA)の第65回総会が開催される。4年にいちど、会長選挙の行われる総会である。
 ゼップ・ブラッター現会長(79)のほかに3人の立候補者がいるが、ブラッター会長の「五選」は確実と言われている。2018年と2022年のワールドカップ開催国決定をめぐるスキャンダルを半ば強引に収束させ、順調な財政を背景に支持を固めた第8代会長の時代はあと4年続くことになる。
 そのFIFAが第1回総会を開催したのは1904年。日本でいえば明治37年、日露戦争に突入して3カ月ほど、旅順攻略が始まったばかりのころだった。
 19世紀の後半に欧州各国に広まり、各地で協会設立が相次いだサッカー。国際試合を円滑に行うための組織設立への要望が高まっていた。
 思わぬ障害は「サッカーの母国」イングランドだった。当時すでにプロリーグがあったイングランドは、同じ「英国」内のスコットランドなどを除けば圧倒的なサッカー大国で、オランダやフランスにアマチュアチームが遠征しても二桁の得点を挙げるほど実力に開きがあった。イングランドには国際試合の必要性はなく、アマチュアだけの弱小国と対等の立場に立つ必要などないという考えだった。
 業を煮やした欧州勢はイングランド抜きで国際組織をつくることにし、1904年の5月21日にパリで設立のための会議を開いた。参加したのは、フランス、オランダ、スイス、デンマーク、ベルギー、スウェーデン、そしてスペインの代表だった(スウェーデンとスペインは会議に出ることができず、デンマークとフランスが代理した)。23日までの3日間で組織名が「国際サッカー連盟」と決まり、初代会長にフランス協会の事務局長だったロベール・ゲランが就任した。このときゲランは28歳だったという。
 誕生したころのFIFAには実行力も資金もなく、パリの中心街のビルの一室で細々と運営される組織だった。
 第3代会長のジュール・リメ(フランス)が奔走してワールドカップの開催にこぎ着けたのが1930年。ここでようやくFIFAは資金難から開放され、本部をチューリヒに移し、フルタイムの職員を雇って運営されるようになった。そして第8代会長時代のいま、ワールドカップの放映権で何百億円もの収益を残すようになり、FIFAは加盟国209を数える世界最大のスポーツ組織となった。
 明日で111回目の誕生日を迎えるFIFA。今月末の第65回総会では、日本サッカー協会・田嶋幸三副会長の理事就任も承認される。

(2015年5月20日) 

No.1023 FK前の『演技』にはもう飽きた

 5月10日に行われたJリーグ第11節、1-1の同点で迎えた後半25分に清水のFW大前元紀がゴール前やや左21メートルのフリーキック(FK)を直接決め、低迷する清水に10試合ぶりの勝利をもたらした。
 今季11節までに行われた総試合数は97、記録された得点は240。うちFKを直接決めたものは6点にすぎない。
 2010年ワールドカップ南アフリカ大会のデンマーク戦で、日本は本田圭佑と遠藤保仁の2人がFKを決めてベスト16進出を引き寄せた。だがこのワールドカップで生まれた全145得点のうちFKを直接決めたものは4得点に過ぎなかった。4年後の2014年ブラジル大会では、総得点は171と18%も増えたが、FKは逆に3得点に減った。
 以前は「FKの名手」と呼ばれる選手が何人もいて、FKを直接決めるシーンがしばしば見られた。しかしここ数年間使用されているボールは落ちにくくなったうえにGKの守備能力も上がり、「バニシングスプレー」で守備側の人壁の距離は保たれているがFKを直接決めるシーンはほとんど見られない。
 「俳優じゃないんだぞ」と日本代表にカミナリを落としたのは、1998年から2002年まで監督を務めたフィリップ・トルシエだ。FKの場面で選手同士が話し合う時間が長いのに堪忍袋の緒が切れたのだ。
 現監督のバヒド・ハリルホジッチも、本田圭佑に「早くけるように」と注文をつけたという。そのとおりだ。
 日本代表でもJリーグでもゴール前の直接FKに時間がかかり過ぎる。守備側を下がらせる時間なら仕方がない。しかし主審が笛を吹いてキックを促してからまたボールを置き直すと、それから数歩下がってようやく位置につき、動き始めるというのは、あまりに遅い。テレビ映りを意識しているのかと、トルシエでなくても勘ぐってしまう。
 外国人選手が跋扈(ばっこ)する前のイングランド・リーグでは、FKのトリックが実に多彩だった。ブラジル人のように自在にボールを曲げられる選手がいなかったためだ。Jリーグではチームにひとりは「自信家」がいるから、トリックFKはほとんど見ない。
 1試合に1回や2回は直接狙うことができる距離のFKがある。両チームに1回ずつとしても今季のJリーグ97試合で200回近くのチャンスがあったはずだ。しかし決まったのはわずか6回。素早いFKやトリックFKをもっと使うべきではないか。
 時間をかけても得点率が高いなら待つ価値はあるかもしれない。しかし得点になる可能性が低いものを、もったいぶった「演技」で待たされるのはたまらない。

(2015年5月13日) 

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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