サッカーの話をしよう

No.1161 『無観客』では選手もやりにくい

 日本代表の3月23日のマリ戦の観客数は1424人(日本サッカー協会発表)。ベルギー東部のリエージュ、収容2万7670人のモーリス・デュフラン・スタジアムは、数十人の熱心な日本サポーターの歌声はあったが、まるで「無観客試合」のようだった。
 選手たちはワールドカップ代表に選ばれようと必死だったはずだ。予選敗退で新チームへの切り替え時にあたるマリの選手たちも非常に意欲的なプレーを見せた。それでも試合はどこか現実感が乏しかった。スタンドがほぼ空席だったためだろうか―。
 代表チーム強化のための親善試合は、世界的にどんどん実施が困難になっている。ワールドカップ予選などの「真剣勝負」と比較すると関心が薄く、観客を集めにくくなっているからだ。スタンドががらがらでは、選手もやりにくいに違いない。
 22日の木曜から24日土曜にかけて、ワールドカップに出場する32チームのうちベルギーを除く31チームが何らかの親善試合を行った。試合数合計は、出場チーム同士の対戦が10、一方だけが出場チームの試合が11の21。だがそのあり方は千差万別だった。
 ロシア×ブラジル、ドイツ×スペイン、フランス×コロンビアといったワールドカップでも上位候補チーム同士の対戦には、親善試合でも関心が集まる。しかしそうしたビッグチーム同士の対戦を除くと一挙に関心が薄くなり、地元での開催より儲かるとばかりに、「中立地」に開催権を売って収入を得ようとするところまで出てくる。ポルトガル×エジプトはスイスのチューリヒでの開催だった。
 今日のワールドカップ出場チームの大きな特徴は、選手の多くが欧州のクラブに所属しているということだ。だから欧州を舞台にした試合が多くなる。21試合中、欧州外での試合は5つだけだった。
 となると、日本にしてみれば欧州のチームとのアウェーゲームが理想なのだが、それもままならない。ワールドカップで対戦するセネガルを考慮しての同じアフリカ勢のマリ戦は、日本の主催で欧州のどこかでやる必要があり、ポーランドと似たタイプのウクライナ戦も、日本相手では人が集まらないためか、やはり日本の主催ゲームとなった。
 欧州の地でスタジアムを借りての「ホームゲーム」は2001年の10月が最初で、8試合ほどになるはずだが、2回のブラジル戦を除けばいずれも「無観客」に近く、好ゲームだった記憶もない。大観衆の前の試合でなければ強化につながらないわけではないが、選手たちに少なからぬ影響を与えるのは間違いない。喜んでアウェーで対戦してもらえるよう、日本が力をつけるしかないのだろうか。

(2018年3月28日) 

No.1160 サッカーがうまい選手になろう

 「サッカーにおいて、『技術がある』ことと『サッカーがうまい』ということはイコールではない」
 湘南ベルマーレの曺貴裁(チョウ・キジェ)監督は四半世紀を過ぎたJリーグの歴史でもきわめて異色の存在と言える。2012年にJ2の湘南の監督に就任、圧倒的な走力をもったアグレッシブなチームに変貌させて1年でJ1に昇格、以後2回降格の苦渋をなめたが、そのたびに進化したチームを引っ提げて1年でJ1復帰を果たし、ことしはJ1で開幕から1勝2分け。「湘南らしさ」満載の試合でファンを喜ばせている。
 冒頭の言葉は、3月11日に行われた名古屋戦後の記者会見でのコメントである。圧倒的な個人技をもつ選手をそろえた名古屋に対し、積極的な姿勢を失わなかった湘南にどんな心理的マネジメントをしているのかという質問に対し、曺監督はその日のミーティングで選手たちに話したことを紹介してくれたのだ。
 試合に勝つには、サッカーがうまくならなくてはならない。だがそれは技術だけの話ではない。もちろん技術を上げるための努力は必要だが、きょうの試合でいきなり上手になることはできない。「サッカーがうまい」とは、判断と動きが伴うもので、サポートの動き、いつどう走るのかなどを理解し、実行できれば、技術の差を埋めて勝利をつかむことは可能という話だったという。
 ボールを自由自在に扱ったり、ドリブルで何人も抜くことのできる選手を、私たちは「うまい」と称賛する。しかし曺監督が言うように、それだけで試合に勝てるわけではない。「技術のうまさ」だけで勝負が決まるなら、ワールドカップの優勝はいつもブラジルになるだろう。しかし実際には、ドイツやイタリアが優勝をさらう。
 ドイツもイタリアも、技術ではブラジルに勝てないことを知りつつ、自分たちがもっている長所を最大限に生かして戦いを挑む。言い換えれば、どんな国や民族もそれぞれの長所を最大限に生かしたサッカーで世界に伍して戦うことができるということだ。
 ワールドカップ開幕までちょうど3カ月。日本代表に何事かを成すチャンスがあるとしたら、「日本らしさ」を貫いたときだけであるのは間違いない。ブラジルにもドイツにもイタリアにもない能力を「サッカーのうまさ」として表現し、それを武器に戦うしかない。
 何より大事なのは、川崎や名古屋といった圧倒的な技術を誇るチームに恐れずに立ち向かった湘南のように、自らの力を信じ、なすべきことを90分間集中して実行する規律の高さ(=意志の力)であるに違いない。

(2018年3月14日) 

No.1159 早すぎるVAR正式導入

 「私は機械になります」
 初出場の2010年ワールドカップを前に、相楽亨副審はそう話した。その相良氏がいまでは「そのうち機械が私に代わるでしょう」と笑う。
 主審は試合の流れや選手たちの戦術的意図などを考慮に入れて総合的な判定を下すことを求められている。だが副審は、ボールが外に出たか否か、オフサイドかどうかをただただ正確に判定しなければならない。「機械になる」とは「最高の副審をする」という宣言だった。逆に言えば、正確に位置判定ができるカメラとオフサイドの諸条件を学習させたAIを組み合わせれば、機械にも副審ができるようになるのかもしれない。
 笑い話ではない。サッカーのルールを決める国際サッカー評議会(IFAB)が3月3日の年次総会で「ビデオ副審(VAR)」の使用を正式に認可した。VARシステムは、ピッチ外にいてさまざまな映像を見る審判資格者がピッチ内の主審にアドバイスする形。「機械判定」ではないが、現場で事象を見ての判定だけでなく、映像を使うという面で155年のサッカーの歴史で革命と言ってよい。
 VARは2016年春にテスト導入が許可され、以後20カ国、1600以上の試合で実施されてきた。その6割が公式戦である。IFABがベルギーのルーベン・カトリック大学に依頼した調査によれば、判定の精度はVARを使っていない場合の93.0%から98.8%へと上がったという。
 しかし今季の全306試合でVARを使っているドイツのブンデスリーガを始め、トラブルも少なくない。何よりVARの介入によって長ければ試合が数分間ストップすることに、多くの選手やコーチたちが不満を表している。VARはまだ開発途上の段階にあると私は考えている。
 「判定のスピードアップと審判間の意思疎通の向上を図らなければならないが、VARの導入はサッカーとレフェリングのためにもなり、試合をより公正にするものだ」
 そう語るのは国際サッカー連盟(FIFA)のインファンチーノ会長。彼は2年前からことしのワールドカップでVAR使用を約束していた。
 ひとつの勝利が大金につながる現代のトップクラスのサッカー。VARの導入は不可避かもしれない。だがその運用のノウハウがまだ成熟していない段階で、会長の意向に合わせるように「正式採用」を決めたのは、「急ぎ過ぎ」の感を否めない。
 VARで浪費される時間を短縮するだけでなく、選手や観客からのピッチ上の審判員の尊重、審判員のメンタルケアなど、VARには目に見えない課題がたくさんあるように思う。ワールドカップまでに、そうした問題をどこまで解決できるか―。

(2018年3月7日) 

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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