サッカーの話をしよう

No.1174 暑さが日本の味方に?

 7月22日、東京の味の素スタジアムでJリーグのFC東京×横浜FMを取材した。
 午後7時キックオフ時の気温32度、湿度62%、無風。それは試合終了時もほとんど変わらなかった。しかし記者席に座っているだけでうだるような暑さのなか、選手たちは最後まで気迫あふれるプレーで観客を引きつけた。
 半ばぼおっとした頭で、ふと考えた。
 「東京オリンピックは、もしかしたら好成績を残せるかもしれない...」
 7月22日は2020年東京オリンピックの開会式に先駆けて女子サッカーの試合がスタートする日にあたる。翌日には男子サッカーも初戦が行われる。今夏の猛暑が2年後にも繰り返されたらと思うとぞっとする。
 マラソンはスタート時刻を30分早め、7時スタートにしたというが、明け方でもむっとする蒸し暑さのなかで、レースの後半には強烈な日差しも選手たちを苦しめるに違いない。しかしサッカーでは、この暑さが日本の味方になるかもしれない。
 現代のサッカーでは守備の組織化が進み、どんなに高い個人技をもつ天才でも単独で得点を決めることは極めて困難となった。メッシをもつアルゼンチン、クリスティアノ・ロナルドのポルトガルが、ともにワールドカップの早い段階で敗退したことが、それを象徴している。
 勝負を決めるのはチームとしてのプレー、なかでも「ボールなしの動き」だ。現代のサッカーでは、選手たちは1試合に約10キロ走る。その大半は、ボールをもっていないときの走りだ。ボールを受けるために走る。ボールをもった味方をサポートするために走る。ボールを奪われたら奪い返すために走る。そして自分の守備のポジションをとるために走る...。走れなければ攻撃は機能せず、守備は崩壊する。2020年が今夏のような暑さだったら、多くのチームが思うように走れずに苦労するのは必至だ。
 そうしたなかで、日本のチームはこの暑さになんとか順応できているように見える。7月22日に行われたJ1の9試合は、札幌での試合を除いていずれも東京と同様に過酷な暑さだった。だがそのなかでどのクラブも平均走行距離10キロ弱を示した。FC東京のMF米本拓司は90分間で1万1749メートルを走りきり、東京の勝利に貢献した。
 ちなみに、ワールドカップ決勝戦でのフランスの平均走行距離は9512メートル、クロアチアは9663メートルだった。
 猛烈な暑さのなかでどう運動量を確保し、サッカーの質を保つか、挑戦しがいのあるテーマに違いない。そしてその先には、東京オリンピックがある。

(2018年7月25日) 

No.1173 ファンIDが世界の人びとを結ぶ

 日本代表も大活躍し、久しぶりに心から楽しめたワールドカップが終わった。
 「空前の成功」。そう今大会を評する人が多い。巨額を投じてスタジアムや交通などのインフラを整備した政府。入念に準備された運営のレベルの高さ。何万人ものボランティアの明るい笑顔と献身的な働き。何よりも一般のロシア人たちの人柄の良さと親切さは、世界中からきたサッカーファンに感銘を与えた。
 そして今大会の成功の大きな要素として「ファンID」の導入を挙げる人も多い。入場券をもっているだけでは観戦できない。入場券が購入できたら「ファンID」を申請し、スタジアムではこの2つをチェックしてはじめて入場を許された。
 縦15センチ、横10センチほどのカードは正面に顔写真が貼られ、名前が書かれている。そして裏面には生年月日やパスポート番号などもある。ファンはこのカードを首からぶら下げてスタジアムにやってくる。セキュリティーゲートに設けられた読み取り装置にかざすと、装置の向こうの係員側のモニターには大きく顔写真が映し出される。そこで本人確認が行われるのだ。
 ロシアの国内リーグでは以前からこのシステムが使われているというが、国際大会では昨年のFIFAコンフェデレーションズカップで初導入された。このカードがあればロシアへの入国ビザを取得する必要がなく、ロシア国内の旅行の際の身分証明書代わりにもなった。もちろんロシア人も試合を見るにはこのカードの取得が必須だ。今大会を通じて、外国人に50万通、ロシア人には87万通の「ファンID」が発行されたという。
 今回の成功に力を得たロシアのプーチン大統領は、今後一般の旅行者にも適用を検討しているという。
 何やら個人情報を首からぶら下げているようにも感じるが、各国のユニホームを着た何万人ものファンが当然のように「ファンID」を下げて赤の広場を闊歩(かっぽ)している姿は、とても楽しそうだった。
 強く感じたのは、「ファンIDはファンID(アイデンティフィケーション)」ということだった。世界中からサッカーを愛する人が集まってくるワールドカップ。カードをぶら下げることで「私もあなたと同じサッカーファン」と宣言することになり、他国ファンとのコミュニケーションのきっかけになり、交流が盛んになり、そしてお祭りの楽しさが倍増した。
 4年後のワールドカップの舞台となるカタール組織委員会の役員も、「ぜひ採用したい」と話しているという。
 ファンIDは、スポーツ観戦だけでなく、今後さまざまなエンターテインメントで使われていくのではないか。

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(2018年7月18日) 

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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