サッカーの話をしよう

No.1143 ワールドカップ予選敗退 アメリカの検証が必要

 アフリカ地区の11試合と他地区のプレーオフ12試合、計23試合を残すだけとなったワールドカップ予選。敗退が決まった国のなかで私が最も気にしているのがアメリカだ。
 アメリカには、1930年第1回ワールドカップ3位、1950年大会でイングランドを破るという大番狂わせの歴史があるが、以後は「サッカー不毛の地」と言われてきた。しかし1994年大会の自国開催が決まると1990年大会で40年ぶりに予選を突破し、以後7大会連続出場。2002年にベスト8、2010年、2014年と連続して1次リーグを突破し、世界に伍する力をつけてきた。国内でも1996年にプロリーグMLSが発足して人気を高めている。
 現時点のFIFAランキングは27位。44位の日本よりだいぶ上だが、過去20年間でサッカーが盛んになった新勢力として共通するものがある。32年ぶりの予選敗退でどんな影響が出るのか―。遅かれ早かれ日本にも必ずくる事態。反応が気になったのだ。
 ショックは大きかったが、ヒステリックな反応は意外になかった。冷静な分析のなかで、ポール・ガードナーというジャーナリストの「クリンスマン前監督時代の失敗」という論評が目についた。
 6カ国で争われた北中米カリブ海地区最終予選。アメリカは初戦ホームでメキシコに1-2で敗れ、第2戦はアウェーでコスタリカに0-4の完敗でクリンスマンは解任、アメリカ人のブルース・アレーナが監督となった。だが立ち上がり連敗のハンディを取り戻すことはできなかった。
 1990年ワールドカップで西ドイツが優勝したときのエースだったクリンスマン。2006年に自国開催のワールドカップでドイツを3位に導いた後に2011年にアメリカ代表監督に就任し、2014年ブラジル大会ではベスト16進出の成績を残した。
 だがクリンスマンはアメリカ・サッカーを信じていなかったと、ガードナーは書く。
 MLSが低レベルだから代表も強くなれないと公言してはばからなかった。アメリカに大勝したコスタリカは約半数がMLSの選手だったのだが...。アメリカ育ちの選手の能力を認めず、何人ものドイツ生まれの選手に強引にアメリカ国籍を取らせて代表にした。アメリカ・サッカーを見下したことが敗因だった。
 何やら人ごとではないような...。「Jリーグが低レベルだから」と言って「欧州組」ばかりに頼り、試合に出ていなくても欧州の一流クラブ在籍というだけで先発させて痛い目にあった日本代表監督もいた。アメリカでいま何が起こっていて来年のワールドカップ時にどうなり、その後どう進展していくのか、MLSにどう影響するのか―。日本のサッカー界はきちんと検証しておく必要がある。

(2017年10月25日) 

No.1142 ゴールパフォーマンスの愚行の極み

 愚行もここまできたか―。オーストラリア代表FWティム・ケーヒルの得点後のパフォーマンスである。
 北中米カリブ海代表との最終プレーオフ出場権をかけたシリアとの「アジア・プレーオフ」第2戦。1-1で迎えた延長後半4分に彼は得意のヘディングで決勝ゴールを決めた。そして有名なコーナーフラッグに走ってのボクシングポーズではなく、両手を広げた飛行機ポーズを取り、その後両手を使って「T」の字をつくって見せた。
 実はこれ、彼が最近「ブランド・アンバサダー」契約を締結したオーストラリアの旅行会社のシンボルマークだった。試合終了直後、その旅行会社が「ケーヒルが私たちの『T』を演じたのを見てくれましたか?」と得意げにSNSに書き込んだことで、意味が明らかになった。
 ゴール後の過剰なパフォーマンスへの疑問については、6月のこのコラムで書いた。だがそれは、本来チームの努力の結晶であるゴールを得点者個人のものとする考え違いや幼稚さを指摘したものだった。それを「副業」にまで利用しようという選手が出ることなど想像もつかなかった。
 しかも、オーストラリア・サッカーの「レジェンド」と言うべき37歳の大ベテラン選手が、ワールドカップ予選のプレーオフという、大げさな表現をすれば「生か死か」という舞台でそれほどの愚行を演じるとは!
 競技規則の第4条第5項に「競技者は、政治的、宗教的または個人的なスローガンやメッセージ、あるいはイメージ、製造社ロゴ以外の広告のついているアンダーシャツを見せてはならない」と規定されている。「体を使っての商業的メッセージ」に関する記述はないが、かつて下着のパンツにスポンサーロゴを入れて得点後に見せた選手が欧州サッカー連盟(UEFA)から約1000万円の罰金を言い渡された例もある。競技規則の精神を考えれば、ケーヒルの行為も当然許されるべきではない。
 こんなことが起こるのは、得点後の過剰なパフォーマンスが野放しにされているせいだ。一時、FIFAは得点後に抱き合う行為などを禁止しようとしたが「喜びの自然な表現」は認めることにした。だが現在の世界で横行しているパフォーマンスは明らかに過剰で不自然だ。10月10日のパナマ対コスタリカでは、パナマが得点してからコスタリカがキックオフするまで実に3分間を必要とした。
 パフォーマンスはサッカーの本質とは何の関係もない。「世界の一流選手がやっているから」では、あまりに貧しい。自分たちの姿を冷静に顧みて、そのばかばかしさに気づかなければならない。

(2017年10月18日) 

No.1141 10月14日はアルゼンチン戦記念日

 10月9日はすばらしい好天で、まさに「体育の日」にふさわしかった。だが「なぜ10月9日が体育の日なの?」と聞かれて当惑した。
 もちろんこの祝日は1964年の東京オリンピック開会式の記念日である。1966年に制定され、本来は10月10日だったが、2000年に「ハッピーマンデー」で10月の第2月曜日となった。しかし特定の日を記念する祝日が毎年変わるというのはどうだろうか。
 たとえば今週土曜、10月14日は、日本サッカー史で10指にはいる重要な記念日だ。1964年の東京オリンピックでアルゼンチンに勝ち、ベスト8進出を決定した日に当たる。
 選手のアマチュア資格を証明できなかったイタリアが棄権し、ガーナ、アルゼンチンと日本の3チームになったD組。2日前のガーナとアルゼンチンの1-1の引き分けを受けて行われた第2戦が、日本対アルゼンチンだった。
 会場は駒沢競技場。2万人収容だったが、水曜日の午後2時キックオフということもあり、入場券はまったく売れなかった。スタンドには女子高校生の姿が目立ったが、観客席を埋めるために「動員」されたものだった。テレビ放映もフルタイムではなく、後半8分からだった。
 前半に1点を許して0-1で迎えた後半、テレビ放送開始を待っていたように日本が同点とする。後半9分、自陣からMF八重樫茂生のロングパスを追ったFW杉山隆一が突破、GKの出ばなをついてゴールに突き刺したのだ。
 後半27分に勝ち越しゴールを許した日本だったが、36分には左サイドに流れながら杉山からパスを受けたFW釜本邦茂が果敢に縦に抜いてクロスを送ると、右から走り込んだFW川淵三郎が見事なヘディングで再度同点とするゴールを決める。そしてその1分後、今度は杉山が左サイドをドリブル突破、クロスをシュートした川淵とGKが衝突してこぼれたボールをMF小城得達が押し込んで逆転、3-2での歴史的勝利だった。
 「サッカー」という競技を日本中に認知させたのが、まさにこの勝利だった。翌年に日本サッカーリーグが誕生、1968年のメキシコ・オリンピックの銅メダル獲得につながるとともに「サッカーブーム」が到来し、全国にサッカー少年団やスクールが誕生する。
 4年後、1968年の「アルゼンチン戦勝利記念日」はメキシコ・オリンピックの初戦に当たり、ナイジェリアに3-1で快勝して銅メダルへの第1歩を記した日だった。
 ハッピーマンデーには、3連休を増やして余暇を有効に使ってもらおうという意図があるという。しかし後の世代に歴史をきちんと語り続けていくためにも、記念日は正確に残すべきだと思う。

(2017年10月11日) 

No.1140 日本のGKの大きな技術的欠陥

 現在のJリーグで寂しく感じるのは、日本人ゴールキーパー(GK)の人材不足だ。
 J1でナンバーワンGKと言えば、磐田のポーランド人クシシュトフ・カミンスキー(26)だろう。2015年はじめに23歳で来日して3年目。磐田のJ1昇格と、その後の上位進出の大きな柱となっている。しっかりとした基本に基づくオーソドックスなゴールキーピングは、シュートを打つ相手チーム選手に無力感さえ感じさせるのではないか。
 そして彼に続くのが、神戸の金承圭(キム・スンギュ=27)、C大阪の金鎮鉉(キム・ジンヒョン=30)、そして札幌の具聖潤(ク・ソンユン=23)の韓国勢だ。韓国代表は今週から来週にかけて欧州でロシアなどと対戦するが、その代表に選ばれたGKは、すべてJリーグで活躍するこの3人だ。なかでも金承圭はカミンスキーと甲乙つけ難い実力の持ち主だ。
 さて日本人GKである。柏の中村航輔(22)は今後を大いに期待できる若手だ。おそらく来年のワールドカップ後は日本代表のレギュラーポジションをつかむだろう。しかしそのほかは、リズムが合うとスーパーセーブを見せるものの、その一方で信じ難いほどのもろさをもつ選手ばかり。
 体格の問題ではない。カミンスキーも韓国代表の3人も190センチ前後の長身だが、日本人GKとの間には、それ以上に判断力や基本に忠実な技術の差を感じてしまうのだ。
 前に出るのか、それともとどまるのか、前に出るならどこで止まるのか、その判断力が日本人GKは非常に劣る。出ようとして戻り、その瞬間にシュートを打たれて失点するといった形をよく見る。
 だがそれ以上に重大な問題は技術面だ。Jリーグの日本人GKには、相手がシュートを打つ瞬間に両足が地面についていない選手が驚くほど多い。大きくジャンプする前に小さく跳ぶ「プレジャンプ」という動きを入れるからだ。ドイツのGKがこの動きをすることから日本でも指導されるようになったようだが、実際にはプレジャンプのために反応が遅れ、シュートを防ぎきれない場面がよくある。
 カミンスキーは、相手がシュートを打つ瞬間には必ず両足が地面につき、しかも体重が均等にかかり、やや重心は低くするが、上体はリラックスしている。だからどんなシュートにも反応できる。さらに、両足がついているから、状況に応じて1歩か2歩横に動いてからジャンプでき、守備範囲が格段に広くなる。
 フランスでプレーする日本代表GK川島永嗣(34)はカミンスキーと同じ技術を身につけている。柏の中村もそれに近いレベルにある。だがそれ以外の日本のGKは、残念だが国際レベルから遠く離れてしまっている。

(2017年10月4日) 

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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