
横浜フリューゲルスが木村文治監督の「休養」を発表したのは5月8日、ベルマーレ平塚に1−5と大敗した2日後だった。木村監督は試合直後に「きょうほどショックな敗戦はなかった」と語ったと伝えられていたから、ある程度予想されたことだった。
木村監督は日本リーグ2部の京都紫光クラブ(現在の京都パープルサンガ)の監督を務めていたが、91年に加茂周氏がJリーグを目指す全日空(現在の横浜フリューゲルス)監督に就任したのを機にコーチとして着任。昨年12月、加茂氏が日本代表の監督に就任した際に後を継いだ。
加茂監督が就任以来目指してきた「ゾーンプレス」の攻守によるサッカーの完成を目標にし、師と仰ぐ加茂監督の路線を百パーセント継承しての就任。結果的に見れば、この戦術完成へのこだわりが監督の地位を失わせる原因となった。
「ゾーンプレス」というのは、狭い地域に相手を押し込める守備と、奪ったボールを決められた手順に従って素早く攻めるという総合的なチーム戦術。理論的には、世界を制覇するにはこれしかないことは、多くの人が理解している。
昨年のワールドカップでも、世界がこの方向を目指していることは明らかだった。だが「完成形」はまだ見られなかった。わずかに数年前までのACミランや今シーズンのユベントス、そして元フリューゲルス・コーチのズデンコが監督として指導するスロベニア代表がこなしている程度だ。
実行には、非常に高度な判断力と技術、そして何よりも大変な集中力と体力を必要とする。選手にとっては非常に「しんどい」戦術だ。しかも自由にプレーしたがる選手が多いなかで、攻守に多くの約束ごとがあることも大きな障害だ。
今季フリューゲルスは外国人選手を総入れ換えし、3人のブラジル代表選手を迎えた。単純な計算では戦力は大幅にアップするはずだった。だが彼らに「ゾーンプレス」を理解させ、納得させ、実行させることができるかが懸念された。木村監督にとっては、それが「勝負」でもあった。
開幕からフリューゲルスの試合内容は理想にはほど遠かった。守備ではプレスがきかず、攻撃にはスピードがまったく感じられなかった。フリューゲルスは4連敗を2回繰り返した。
だが、木村監督が退陣を決意したのは、連敗したことでも、大敗したことでもない。ベルマーレ戦で選手たちがチームの約束ごとをまったく無視し、自由勝手にプレーをしたことに、監督としてがまんができなかったからに違いない。
連敗のなかで、選手も監督も苦しんだはずだ。だが監督があくまで理想を追求し、世界に通じるチームをつくろうともがくのをあざ笑うかのように、選手たちは「易き」についた。それが許せなかったのだ。
今季、私はたったいちどだけ胸のすくような「ゾーンプレス」を見た。4月15日、横浜で行われたセレッソ大阪戦だった。
前半、フリューゲルスは前園の目の覚めるような個人技によるゴールと、前園−山口−薩川−服部と渡る鮮やかなコンビネーションで2点を先行した。守備もプレスがきき、おもしろいようにボールを奪った。
それは木村監督五カ月間の努力が結実したすばらしい「80分間」だった。
だが後半35分、セレッソのFKがフリューゲルスDF薩川の左肩に当たってGK森の逆をつくという不運な失点で同点となり、結局もう1点許して逆転負け。
世界を目指すフリューゲルスの勇敢な挑戦は、この同点ゴールとともに終わったのかもしれない。
(1995年5月23日)
木村監督は日本リーグ2部の京都紫光クラブ(現在の京都パープルサンガ)の監督を務めていたが、91年に加茂周氏がJリーグを目指す全日空(現在の横浜フリューゲルス)監督に就任したのを機にコーチとして着任。昨年12月、加茂氏が日本代表の監督に就任した際に後を継いだ。
加茂監督が就任以来目指してきた「ゾーンプレス」の攻守によるサッカーの完成を目標にし、師と仰ぐ加茂監督の路線を百パーセント継承しての就任。結果的に見れば、この戦術完成へのこだわりが監督の地位を失わせる原因となった。
「ゾーンプレス」というのは、狭い地域に相手を押し込める守備と、奪ったボールを決められた手順に従って素早く攻めるという総合的なチーム戦術。理論的には、世界を制覇するにはこれしかないことは、多くの人が理解している。
昨年のワールドカップでも、世界がこの方向を目指していることは明らかだった。だが「完成形」はまだ見られなかった。わずかに数年前までのACミランや今シーズンのユベントス、そして元フリューゲルス・コーチのズデンコが監督として指導するスロベニア代表がこなしている程度だ。
実行には、非常に高度な判断力と技術、そして何よりも大変な集中力と体力を必要とする。選手にとっては非常に「しんどい」戦術だ。しかも自由にプレーしたがる選手が多いなかで、攻守に多くの約束ごとがあることも大きな障害だ。
今季フリューゲルスは外国人選手を総入れ換えし、3人のブラジル代表選手を迎えた。単純な計算では戦力は大幅にアップするはずだった。だが彼らに「ゾーンプレス」を理解させ、納得させ、実行させることができるかが懸念された。木村監督にとっては、それが「勝負」でもあった。
開幕からフリューゲルスの試合内容は理想にはほど遠かった。守備ではプレスがきかず、攻撃にはスピードがまったく感じられなかった。フリューゲルスは4連敗を2回繰り返した。
だが、木村監督が退陣を決意したのは、連敗したことでも、大敗したことでもない。ベルマーレ戦で選手たちがチームの約束ごとをまったく無視し、自由勝手にプレーをしたことに、監督としてがまんができなかったからに違いない。
連敗のなかで、選手も監督も苦しんだはずだ。だが監督があくまで理想を追求し、世界に通じるチームをつくろうともがくのをあざ笑うかのように、選手たちは「易き」についた。それが許せなかったのだ。
今季、私はたったいちどだけ胸のすくような「ゾーンプレス」を見た。4月15日、横浜で行われたセレッソ大阪戦だった。
前半、フリューゲルスは前園の目の覚めるような個人技によるゴールと、前園−山口−薩川−服部と渡る鮮やかなコンビネーションで2点を先行した。守備もプレスがきき、おもしろいようにボールを奪った。
それは木村監督五カ月間の努力が結実したすばらしい「80分間」だった。
だが後半35分、セレッソのFKがフリューゲルスDF薩川の左肩に当たってGK森の逆をつくという不運な失点で同点となり、結局もう1点許して逆転負け。
世界を目指すフリューゲルスの勇敢な挑戦は、この同点ゴールとともに終わったのかもしれない。
(1995年5月23日)
20歳以下の日本ユース代表がワールドユース選手権でベスト8進出の快挙をなし遂げた。しかも敗退した準々決勝では世界の「王国」ブラジルを相手に先制ゴールを奪い、最終的にも1−2という接近したスコアだったので、「よくやった」という評価が多い。
たしかによくやった。チリと引き分け、スペインには同点に追いつきながら1−2。そしてブルンジ戦は落ちついた試合運びで2−0の快勝。追い込まれたときに勝負強さを発揮するところに、日本のユース世代の頼もしさを感じる。
だが、ブラジルに対する試合のスコアだけを見て、「日本のサッカーが世界に追いついた」などというのは早計だ。
たしかに、安永(横浜マリノス)のスピードはブラジルを驚かせ、CKからの奥(ジュビロ磐田)のゴールは相手を慌てさせた。しかし大半の時間は、ブラジルが試合を支配していた。日本がボールをもったときも、そのプレーはブラジルの巧みな守備組織にコントロールされていた。
心配されていたほどフィジカル面では大きな差はなかった。個々のボールテクニックとスピードも見劣りしたわけではない。だが、ブラジル選手と日本選手には大きな差があった。
それは「判断」の差だ。
ブラジルの選手たちは、日本の選手たちよりもはるかによく試合の状況を把握し、次のプレーを考えていた。だからボールを受けるときには事前に必ず相手を逆につっておき、自分は楽らくと次のプレーをこなしていた。プレーのタイミングも抜群だった。ブラジルの選手たちが決断力が非常に優れているように見えたのはそのためだ。
一方、日本の選手たちは極端にいえば「ボールを受けてから状況を見てプレーを決定する」といった場面が少なくなかった。そのため、安永のスピード以外、日本の攻撃が相手を「驚かせた」ことはなかった。スローインのときに、構えてから投げる場所を探しているケースも多かった。
サッカーでは、この判断の速さはプレーの質を左右する決定的な要因である。
「日本のサッカーに足りないのは、いい意味での悪賢さだ」
最近の雑誌で、元鹿島アントラーズのジーコがこのようなことを書いていた。
「悪賢さ」という言葉は「正々堂々」という日本人好みのスポーツ観とは相反するように聞こえるかもしれない。しかし、それは、時間かせぎや審判の見えないところでの巧妙な反則などを指すわけではない。
相手より先に状況を知って、相手より先にプレーを企画しアクションを起こすことによって、相手を謝った判断や方向に導くことを指している。そしてこれこそ、この「サッカー」というゲームの本質なのだ。
ジーコは日本人にはそのサッカーの「本質」が欠けているという。そしてワールドユースのブラジルとの対戦は、それを見事に証明していた。では、どうしたら「悪賢さ」を身につけることができるのか。
それは「遊ぶ」ことだ。少年時代にどれだけ「遊んだ」かが、「悪賢さ」につながる。
小学生のころに何もかも教え込むような指導をすると、けっして自分で考える力をもった選手は生まれない。近所の子供たちが集まって、何時間も何時間もあきることなく続くゲームのなかから初めて本物の「悪賢さ」が生まれる。
日本ユース代表が示したブラジルとの「距離」をどうとらえ、それを縮めるためにどうするか。日本のサッカーが本当に世界に追いつくために、真剣に考えなければならない問題だ。
(1995年5月9日)
たしかによくやった。チリと引き分け、スペインには同点に追いつきながら1−2。そしてブルンジ戦は落ちついた試合運びで2−0の快勝。追い込まれたときに勝負強さを発揮するところに、日本のユース世代の頼もしさを感じる。
だが、ブラジルに対する試合のスコアだけを見て、「日本のサッカーが世界に追いついた」などというのは早計だ。
たしかに、安永(横浜マリノス)のスピードはブラジルを驚かせ、CKからの奥(ジュビロ磐田)のゴールは相手を慌てさせた。しかし大半の時間は、ブラジルが試合を支配していた。日本がボールをもったときも、そのプレーはブラジルの巧みな守備組織にコントロールされていた。
心配されていたほどフィジカル面では大きな差はなかった。個々のボールテクニックとスピードも見劣りしたわけではない。だが、ブラジル選手と日本選手には大きな差があった。
それは「判断」の差だ。
ブラジルの選手たちは、日本の選手たちよりもはるかによく試合の状況を把握し、次のプレーを考えていた。だからボールを受けるときには事前に必ず相手を逆につっておき、自分は楽らくと次のプレーをこなしていた。プレーのタイミングも抜群だった。ブラジルの選手たちが決断力が非常に優れているように見えたのはそのためだ。
一方、日本の選手たちは極端にいえば「ボールを受けてから状況を見てプレーを決定する」といった場面が少なくなかった。そのため、安永のスピード以外、日本の攻撃が相手を「驚かせた」ことはなかった。スローインのときに、構えてから投げる場所を探しているケースも多かった。
サッカーでは、この判断の速さはプレーの質を左右する決定的な要因である。
「日本のサッカーに足りないのは、いい意味での悪賢さだ」
最近の雑誌で、元鹿島アントラーズのジーコがこのようなことを書いていた。
「悪賢さ」という言葉は「正々堂々」という日本人好みのスポーツ観とは相反するように聞こえるかもしれない。しかし、それは、時間かせぎや審判の見えないところでの巧妙な反則などを指すわけではない。
相手より先に状況を知って、相手より先にプレーを企画しアクションを起こすことによって、相手を謝った判断や方向に導くことを指している。そしてこれこそ、この「サッカー」というゲームの本質なのだ。
ジーコは日本人にはそのサッカーの「本質」が欠けているという。そしてワールドユースのブラジルとの対戦は、それを見事に証明していた。では、どうしたら「悪賢さ」を身につけることができるのか。
それは「遊ぶ」ことだ。少年時代にどれだけ「遊んだ」かが、「悪賢さ」につながる。
小学生のころに何もかも教え込むような指導をすると、けっして自分で考える力をもった選手は生まれない。近所の子供たちが集まって、何時間も何時間もあきることなく続くゲームのなかから初めて本物の「悪賢さ」が生まれる。
日本ユース代表が示したブラジルとの「距離」をどうとらえ、それを縮めるためにどうするか。日本のサッカーが本当に世界に追いつくために、真剣に考えなければならない問題だ。
(1995年5月9日)
先週の水曜日に大宮で行われた浦和レッズ×清水エスパルス戦で、試合後、エスパルスのGKシジマールの「挑発行為」に激怒したレッズのサポーターが数10人グラウンドに乱入してシジマールを追うという事件が起きた。
警備陣や両チームの選手が止めにはいったためシジマールが暴行を受けなかったのは誰にとっても幸いだった。この直後シジマール自身がレッズ・サポーターの前に行って謝ったことで騒ぎは一応収まった。
だが、この事件は、Jリーグ・クラブのサポーターの扱いについて重大な岐路となるかもしれない。
たびたび飛び下りなどの事件を起こしてきたレッズだが、これまでは一貫して「サポーター擁護、相互信頼」の立場をとってきた。サポーターの意見や希望を聞く一方で、自覚をうながし、物の投げ入れや飛び下りの自主的な防止を呼びかけてきた。
だから外国のスタジアムに見られるような観客席とフィールドを隔てる柵などはつくらなかった。鉄条網や金網で囲った飛び下りを防止用の柵は、観客をまるで動物園のサルのように扱うことになるからだ。
私の見た限りでは、サポーターたちもよく努力してきた。先日の事件のときにも、飛び下りようとする者を必死に止めようとしているサポーターが何人も見られた。シジマールを攻撃しようとする仲間を止めようと飛び下りた者もいた。
その立場からすれば、先日の事件は暗澹たる気持ちにさせられるものだった。
「柵が必要ではないか。サポーターを柵で囲うべき時期ではないか」
そんな思いが頭をよぎるのを抑えることはできなかった。
だが、この事件にはもうひとつの問題点がひそんでいる。それは、アウェーチームのGKに対するサポーターの態度だ。
最近、どこのサポーターも、自分たちの前に相手GKがくると、理由もなくブーイングを繰り返す。ゴールキックのときなど、ひどく憎しみをあらわにして威嚇する。そしてそれがチームを「サポート」する、つまり味方として戦うことだと思い込んでいる。
これはとんでもない考え違いだ。GKに限らず、アウェーチームの選手は、自分たちを楽しませるためにホームチームとの試合をしにきてくれた勇者たちだ。であれば、まず敬意を払うべきではないか。
以前、このコラムで「いいプレーにはもっと拍手をしよう」という内容の記事を書いた。それにつけ加えるなら、相手チームであろうと、想像力に富んだすばらしいプレーには惜しみなく拍手を送るべきだし、逆に集中力を欠いたつまらないミスには、自分のチームでも容赦なくブーイングを浴びせるべきだ。そうやってサッカーの質を上げていくのが本物のサポーターのはずだ。
盲目的に自分のチームのプレーを称賛する一方、相手チームには理由もなく敵意をむき出しにするサポーターは、スタジアムを険悪な空気にするだけだ。大宮の事件は、サポーターのそうした「間違った常識」がシジマールを過剰に反応させた結果起きたものだ。
そしてそれは、レッズのサポーターに限った話ではない。Jリーグ全クラブのサポーターに共通する危険な「常識」、他の競技場でも、いつでも起こりうることなのだ。
「本場」ヨーロッパでも同じようにしているかもしれない。だが「悪習」まで輸入することはない。そうなれば、私たちはその悪習をもった「猛獣」を閉じ込める「檻」まで輸入しなければならなくなる。
(1995年5月2日)
警備陣や両チームの選手が止めにはいったためシジマールが暴行を受けなかったのは誰にとっても幸いだった。この直後シジマール自身がレッズ・サポーターの前に行って謝ったことで騒ぎは一応収まった。
だが、この事件は、Jリーグ・クラブのサポーターの扱いについて重大な岐路となるかもしれない。
たびたび飛び下りなどの事件を起こしてきたレッズだが、これまでは一貫して「サポーター擁護、相互信頼」の立場をとってきた。サポーターの意見や希望を聞く一方で、自覚をうながし、物の投げ入れや飛び下りの自主的な防止を呼びかけてきた。
だから外国のスタジアムに見られるような観客席とフィールドを隔てる柵などはつくらなかった。鉄条網や金網で囲った飛び下りを防止用の柵は、観客をまるで動物園のサルのように扱うことになるからだ。
私の見た限りでは、サポーターたちもよく努力してきた。先日の事件のときにも、飛び下りようとする者を必死に止めようとしているサポーターが何人も見られた。シジマールを攻撃しようとする仲間を止めようと飛び下りた者もいた。
その立場からすれば、先日の事件は暗澹たる気持ちにさせられるものだった。
「柵が必要ではないか。サポーターを柵で囲うべき時期ではないか」
そんな思いが頭をよぎるのを抑えることはできなかった。
だが、この事件にはもうひとつの問題点がひそんでいる。それは、アウェーチームのGKに対するサポーターの態度だ。
最近、どこのサポーターも、自分たちの前に相手GKがくると、理由もなくブーイングを繰り返す。ゴールキックのときなど、ひどく憎しみをあらわにして威嚇する。そしてそれがチームを「サポート」する、つまり味方として戦うことだと思い込んでいる。
これはとんでもない考え違いだ。GKに限らず、アウェーチームの選手は、自分たちを楽しませるためにホームチームとの試合をしにきてくれた勇者たちだ。であれば、まず敬意を払うべきではないか。
以前、このコラムで「いいプレーにはもっと拍手をしよう」という内容の記事を書いた。それにつけ加えるなら、相手チームであろうと、想像力に富んだすばらしいプレーには惜しみなく拍手を送るべきだし、逆に集中力を欠いたつまらないミスには、自分のチームでも容赦なくブーイングを浴びせるべきだ。そうやってサッカーの質を上げていくのが本物のサポーターのはずだ。
盲目的に自分のチームのプレーを称賛する一方、相手チームには理由もなく敵意をむき出しにするサポーターは、スタジアムを険悪な空気にするだけだ。大宮の事件は、サポーターのそうした「間違った常識」がシジマールを過剰に反応させた結果起きたものだ。
そしてそれは、レッズのサポーターに限った話ではない。Jリーグ全クラブのサポーターに共通する危険な「常識」、他の競技場でも、いつでも起こりうることなのだ。
「本場」ヨーロッパでも同じようにしているかもしれない。だが「悪習」まで輸入することはない。そうなれば、私たちはその悪習をもった「猛獣」を閉じ込める「檻」まで輸入しなければならなくなる。
(1995年5月2日)
「サッカーはだまし合いのゲーム」
昨年まで横浜マリノスで活躍した日本サッカー史上有数のゲームメーカー木村和司選手の言葉だ。
相手に「右だ」と思わせる動作(フェイント)を入れ、それにつられた瞬間に左に行く。そうやって相手の「読み」の逆をつくのがサッカーの最高の面白さだと、彼は語る。
だが審判の見えない角度でボールを手で扱うのは、木村選手のいう「だまし合い」とは違う。これはスポーツマンとして恥ずべき、ひきょうな行為であり、ルールの上では「著しく不正な行為」として退場処分、レッドカードにあたる。
1995年4月15日のジェフ市原×ヴェルディ川崎戦で起こった「事件」はまったく腹立たしい出来事だった。
延長にはいって9分、ジェフの速攻だ。左サイドのマスロバルから前方を走る中西永輔へロングパス。ヴェルディのラモスが追いついてクリアしようとした瞬間、中西は右肩を入れ、はずんだボールを右の手のひらで軽く押し出した。ラモスはバランスを崩し、フリーでゴールラインまで進んだ中西のパスを中央で後藤が決めてVゴールとなった。
ラモスは砂川恵一主審に激しく抗議したが、主審は中西のハンドを見ることができる角度にはおらず、線審からも遠すぎた。試合はこのまま終わった。
この反則を見ることができるポジションをとれなかったのが審判のミスであるか、不可抗力であったのかを私は論じることはできない。現場にいなかったし、VTRでも確認するのは困難だったからだ。だがそれは大きな問題ではない。
同時に、試合後に中西が「マラドーナもハンドするんだから」とうそぶいたかどうかもどうでもいい。
最大の問題は、その場で中西が知らん顔をしてしまったことだ。
故意であろうと偶然であろうと、中西は自分が手でボールを扱ったという意識はあったはずだ。そしてそれで著しく有利になり、決勝点が生まれたことも、理解しているはずだ。
だとしたら、ラモスが抗議しているときに審判のところに行って「たしかにハンドをしました」と認め、得点を無効にするべきではなかったか。
元選手や「評論家」といわれる人びとのなかには、「審判にみつからないようにやる反則も技術のうち」などと公言する人がいる。それは間違いだ。
こうした行為が横行すれば、やがてサッカーの魅力が薄れ、確実にサッカーの「死」につながる。
昨年までジェフで活躍したオルデネビッツは、ドイツ時代に優勝をかけた大事な試合で自陣ペナルティーエリア内でハンドの反則をしてしまった。相手の抗議に彼はそれを素直に認め、PKになって彼のチームは敗れた。
この行為は、国際的にもずいぶん議論になった。しかし彼の所属クラブは「スポーツマンらしい行為」と称賛した。そして国際サッカー連盟は彼に「フェアプレー賞」を贈った。
フェアプレー賞はともかく、あのときに認めていれば中西は大きなものを得たに違いない。知らん顔をしてしまった結果、彼は一生「ひきょう者」のレッテルを貼ったままプレーしなければならなくなった。
最後にひとつ付け加えたい。国際サッカー連盟がすでにやっているように、懲罰に関わることは、審判が見落としても、VTRで確認できたらJリーグ側が積極的に懲罰を下すべきだ。そうしないと、いつまでも「やり得」の風潮がなくならない。今回の中西には、退場と同じ処分を与えるべきだろう。
(1995年4月25日)
昨年まで横浜マリノスで活躍した日本サッカー史上有数のゲームメーカー木村和司選手の言葉だ。
相手に「右だ」と思わせる動作(フェイント)を入れ、それにつられた瞬間に左に行く。そうやって相手の「読み」の逆をつくのがサッカーの最高の面白さだと、彼は語る。
だが審判の見えない角度でボールを手で扱うのは、木村選手のいう「だまし合い」とは違う。これはスポーツマンとして恥ずべき、ひきょうな行為であり、ルールの上では「著しく不正な行為」として退場処分、レッドカードにあたる。
1995年4月15日のジェフ市原×ヴェルディ川崎戦で起こった「事件」はまったく腹立たしい出来事だった。
延長にはいって9分、ジェフの速攻だ。左サイドのマスロバルから前方を走る中西永輔へロングパス。ヴェルディのラモスが追いついてクリアしようとした瞬間、中西は右肩を入れ、はずんだボールを右の手のひらで軽く押し出した。ラモスはバランスを崩し、フリーでゴールラインまで進んだ中西のパスを中央で後藤が決めてVゴールとなった。
ラモスは砂川恵一主審に激しく抗議したが、主審は中西のハンドを見ることができる角度にはおらず、線審からも遠すぎた。試合はこのまま終わった。
この反則を見ることができるポジションをとれなかったのが審判のミスであるか、不可抗力であったのかを私は論じることはできない。現場にいなかったし、VTRでも確認するのは困難だったからだ。だがそれは大きな問題ではない。
同時に、試合後に中西が「マラドーナもハンドするんだから」とうそぶいたかどうかもどうでもいい。
最大の問題は、その場で中西が知らん顔をしてしまったことだ。
故意であろうと偶然であろうと、中西は自分が手でボールを扱ったという意識はあったはずだ。そしてそれで著しく有利になり、決勝点が生まれたことも、理解しているはずだ。
だとしたら、ラモスが抗議しているときに審判のところに行って「たしかにハンドをしました」と認め、得点を無効にするべきではなかったか。
元選手や「評論家」といわれる人びとのなかには、「審判にみつからないようにやる反則も技術のうち」などと公言する人がいる。それは間違いだ。
こうした行為が横行すれば、やがてサッカーの魅力が薄れ、確実にサッカーの「死」につながる。
昨年までジェフで活躍したオルデネビッツは、ドイツ時代に優勝をかけた大事な試合で自陣ペナルティーエリア内でハンドの反則をしてしまった。相手の抗議に彼はそれを素直に認め、PKになって彼のチームは敗れた。
この行為は、国際的にもずいぶん議論になった。しかし彼の所属クラブは「スポーツマンらしい行為」と称賛した。そして国際サッカー連盟は彼に「フェアプレー賞」を贈った。
フェアプレー賞はともかく、あのときに認めていれば中西は大きなものを得たに違いない。知らん顔をしてしまった結果、彼は一生「ひきょう者」のレッテルを貼ったままプレーしなければならなくなった。
最後にひとつ付け加えたい。国際サッカー連盟がすでにやっているように、懲罰に関わることは、審判が見落としても、VTRで確認できたらJリーグ側が積極的に懲罰を下すべきだ。そうしないと、いつまでも「やり得」の風潮がなくならない。今回の中西には、退場と同じ処分を与えるべきだろう。
(1995年4月25日)
3年目のJリーグ。予想どおり観客動員の低下現象が起きている。過去2年間「プラチナチケット」といわれた入場券も、現在は当日券がでるほどだ。
だが、その落ち込み具合は予想外に少ないと言ったら、意外だろうか。
マスコミの扱いを見てほしい。テレビ中継の本数、スポーツ新聞での扱い、どれをとっても、過去2年間から大きく後退している。それに比べると、観客数のほうは「善戦」しているといっていい。
クラブによっては、過去2年とほとんど変わらない観客数を示しているところもある。小さいながらも、スタジアムの満席状態がまだまだ続いているのだ。
そうしたクラブは、いずれもホームタウン地域との密接度が高い。母体となった企業のチームという色彩がほとんどなくなり、地域と深く結びつき、地域の顔となっているクラブだ。
Jリーグは設立当時からクラブ名から企業名を外していく方針をとった。それは「地域と密着したクラブづくり」という理念から導かれたものだった。だが表面的な人気やブームが去ったとき、クラブ存立の基盤となる「観客動員」を支えているのはまさにこの「地域との密着」なのだ。
もちろん、成績を上げ、魅力あふれる試合を提供する努力は、プロとして当然のこと。だがそれ以上に大事なのが、ホームタウンの人びとに「これは自分たちのクラブだ」と心から思わせること。プロとして生き残っていくのは、それに成功したクラブだけだ。
しかし、少し待ってほしい。「Jリーグの理念」とは、サッカーのクラブとして地域に密着することだけだっただろうか。サッカーに限らず、スポーツという「文化」の花を咲かせることではなかったのか。
当初は施設の制約があってサッカーしかできなかっただろう。だが将来的には「総合的スポーツクラブ」を指向し、地域の人びとがいろいろなスポーツも楽しめるようにしようという理想があったはずだ。
クレージーなまでの関心が一段落し、各クラブの仕事も「無我夢中」の状態から地に足がついたものになってきたこのタイミングにこそ、「より大きな目標」に向かってプランを練りはじめるべきではないか。
「総合スポーツクラブ」といってもいろいろな形が考えられる。施設の規模、競技種目に限らず、団体としての形式も、地域の事情を反映した個性的なものとなるだろう。
だがその施設自体は、一企業でつくって運営していくような性質のものではない。地域の自治体が積極的に関与し、あるいは協力して初めて可能となる。
そうした「総合クラブ」の核となり、財政的バックボーンや運営の中心となることが、現在のJリーグクラブには期待される。
「地域に密着している」といっても、ユースなどの「下部組織」をもつだけでは地域にとっては「ほんの一部」の存在でしかない。地域の大半の人びとには、「近所にあるが自分とは無関係」なものなのだ。
総合スポーツクラブになることによって、クラブはは本当に地域の人びとに支えられたものになる。マスコミがそのときどきでどんな扱いをしようと、常に安定したクラブ経営を可能にする地元ファンのサポートをもたらすはずだ。
さらに、こうしてできた総合スポーツクラブは、誰もがスポーツを楽しむことのできる環境ををつくろうとしている全国の人びとに最高のお手本となる。
「理想」を放棄してはならない。いまこそJリーグは、本当の「理念」実現に向けて新しいスタートを切る最高のタイミングだ。
(1995年4月18日)
だが、その落ち込み具合は予想外に少ないと言ったら、意外だろうか。
マスコミの扱いを見てほしい。テレビ中継の本数、スポーツ新聞での扱い、どれをとっても、過去2年間から大きく後退している。それに比べると、観客数のほうは「善戦」しているといっていい。
クラブによっては、過去2年とほとんど変わらない観客数を示しているところもある。小さいながらも、スタジアムの満席状態がまだまだ続いているのだ。
そうしたクラブは、いずれもホームタウン地域との密接度が高い。母体となった企業のチームという色彩がほとんどなくなり、地域と深く結びつき、地域の顔となっているクラブだ。
Jリーグは設立当時からクラブ名から企業名を外していく方針をとった。それは「地域と密着したクラブづくり」という理念から導かれたものだった。だが表面的な人気やブームが去ったとき、クラブ存立の基盤となる「観客動員」を支えているのはまさにこの「地域との密着」なのだ。
もちろん、成績を上げ、魅力あふれる試合を提供する努力は、プロとして当然のこと。だがそれ以上に大事なのが、ホームタウンの人びとに「これは自分たちのクラブだ」と心から思わせること。プロとして生き残っていくのは、それに成功したクラブだけだ。
しかし、少し待ってほしい。「Jリーグの理念」とは、サッカーのクラブとして地域に密着することだけだっただろうか。サッカーに限らず、スポーツという「文化」の花を咲かせることではなかったのか。
当初は施設の制約があってサッカーしかできなかっただろう。だが将来的には「総合的スポーツクラブ」を指向し、地域の人びとがいろいろなスポーツも楽しめるようにしようという理想があったはずだ。
クレージーなまでの関心が一段落し、各クラブの仕事も「無我夢中」の状態から地に足がついたものになってきたこのタイミングにこそ、「より大きな目標」に向かってプランを練りはじめるべきではないか。
「総合スポーツクラブ」といってもいろいろな形が考えられる。施設の規模、競技種目に限らず、団体としての形式も、地域の事情を反映した個性的なものとなるだろう。
だがその施設自体は、一企業でつくって運営していくような性質のものではない。地域の自治体が積極的に関与し、あるいは協力して初めて可能となる。
そうした「総合クラブ」の核となり、財政的バックボーンや運営の中心となることが、現在のJリーグクラブには期待される。
「地域に密着している」といっても、ユースなどの「下部組織」をもつだけでは地域にとっては「ほんの一部」の存在でしかない。地域の大半の人びとには、「近所にあるが自分とは無関係」なものなのだ。
総合スポーツクラブになることによって、クラブはは本当に地域の人びとに支えられたものになる。マスコミがそのときどきでどんな扱いをしようと、常に安定したクラブ経営を可能にする地元ファンのサポートをもたらすはずだ。
さらに、こうしてできた総合スポーツクラブは、誰もがスポーツを楽しむことのできる環境ををつくろうとしている全国の人びとに最高のお手本となる。
「理想」を放棄してはならない。いまこそJリーグは、本当の「理念」実現に向けて新しいスタートを切る最高のタイミングだ。
(1995年4月18日)