サッカーの話をしよう

No.98 Jリーグ人気低下のいまこそ理念実現へ

 3年目のJリーグ。予想どおり観客動員の低下現象が起きている。過去2年間「プラチナチケット」といわれた入場券も、現在は当日券がでるほどだ。
 だが、その落ち込み具合は予想外に少ないと言ったら、意外だろうか。

 マスコミの扱いを見てほしい。テレビ中継の本数、スポーツ新聞での扱い、どれをとっても、過去2年間から大きく後退している。それに比べると、観客数のほうは「善戦」しているといっていい。
 クラブによっては、過去2年とほとんど変わらない観客数を示しているところもある。小さいながらも、スタジアムの満席状態がまだまだ続いているのだ。
 そうしたクラブは、いずれもホームタウン地域との密接度が高い。母体となった企業のチームという色彩がほとんどなくなり、地域と深く結びつき、地域の顔となっているクラブだ。

 Jリーグは設立当時からクラブ名から企業名を外していく方針をとった。それは「地域と密着したクラブづくり」という理念から導かれたものだった。だが表面的な人気やブームが去ったとき、クラブ存立の基盤となる「観客動員」を支えているのはまさにこの「地域との密着」なのだ。
 もちろん、成績を上げ、魅力あふれる試合を提供する努力は、プロとして当然のこと。だがそれ以上に大事なのが、ホームタウンの人びとに「これは自分たちのクラブだ」と心から思わせること。プロとして生き残っていくのは、それに成功したクラブだけだ。

 しかし、少し待ってほしい。「Jリーグの理念」とは、サッカーのクラブとして地域に密着することだけだっただろうか。サッカーに限らず、スポーツという「文化」の花を咲かせることではなかったのか。
 当初は施設の制約があってサッカーしかできなかっただろう。だが将来的には「総合的スポーツクラブ」を指向し、地域の人びとがいろいろなスポーツも楽しめるようにしようという理想があったはずだ。
 クレージーなまでの関心が一段落し、各クラブの仕事も「無我夢中」の状態から地に足がついたものになってきたこのタイミングにこそ、「より大きな目標」に向かってプランを練りはじめるべきではないか。

 「総合スポーツクラブ」といってもいろいろな形が考えられる。施設の規模、競技種目に限らず、団体としての形式も、地域の事情を反映した個性的なものとなるだろう。
 だがその施設自体は、一企業でつくって運営していくような性質のものではない。地域の自治体が積極的に関与し、あるいは協力して初めて可能となる。
 そうした「総合クラブ」の核となり、財政的バックボーンや運営の中心となることが、現在のJリーグクラブには期待される。
 「地域に密着している」といっても、ユースなどの「下部組織」をもつだけでは地域にとっては「ほんの一部」の存在でしかない。地域の大半の人びとには、「近所にあるが自分とは無関係」なものなのだ。

 総合スポーツクラブになることによって、クラブはは本当に地域の人びとに支えられたものになる。マスコミがそのときどきでどんな扱いをしようと、常に安定したクラブ経営を可能にする地元ファンのサポートをもたらすはずだ。
 さらに、こうしてできた総合スポーツクラブは、誰もがスポーツを楽しむことのできる環境ををつくろうとしている全国の人びとに最高のお手本となる。
 「理想」を放棄してはならない。いまこそJリーグは、本当の「理念」実現に向けて新しいスタートを切る最高のタイミングだ。

(1995年4月18日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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