
名良橋から相馬、相馬から名良橋へと大きなパスが何本も通る。鹿島アントラーズは前半のなかばにマジーニョが退場になったが、相手よりひとり少ないことなど忘れさせるプレーで横浜マリノスと渡り合い、逆転勝利を収めた。
10月17日のJリーグ第2ステージ第11節のアントラーズ対マリノス戦は、見応えのある試合だった。厳しいプレスディフェンスをベースにしたプレーで攻めたてるマリノス。アントラーズはクロスのロングパスを多用してそのプレスをうまく避けた。
狭い地域でのプレーになったら、人数の少ないチームは不利だ。しかし人数をかけた相手の包囲網を破って逆サイドに展開できれば、そこでは十分に勝負ができる。両サイドバックの名良橋と相馬間のパスが、この日のアントラーズの生命線だったのだ。
正確なロングパス。フィールドを横切る50メートルを超すパス。ことしにはいってから、Jリーグではそうしたプレーが目立つようになった。こうしたプレーの戦術的な価値に気づいた選手たちが、忘れがちだった「キック」の練習やロングキックを生む筋力アップに努めた結果にほかならない。
しかしもうひとつ見逃すことのできない要素がある。ボールの違いだ。
今季のJリーグでは、ワールドカップ使用球と同じものが使われている。ワールドカップのオフィシャルスポンサーでもあるアディダス社が新しく開発したボールだ。キックの感触などがこれまでのボールとは違うので、慣れてもらおうと、ことしはじめから世界に供給された。それをJリーグでも全面的に採用した。
メーカーの説明では、特殊構造をもつフォームでボール全体を包んでいるという。「リバウンドのエネルギーを増大させ」、「偶然性が排除され、ボールはプレーヤーの意志とテクニックに忠実に飛ぶ」。大げさな広告と思ったが、自分自身でけってみて驚いた。
足の力がストレートにボールに伝わる。ボールはまっすぐ、力強く飛ぶ。ボールから返ってくる感覚がこれまでのものとはまったく違う。30年間以上ボールをけってきたが、初めて得た、「快感」といっていい感触。10歳も若くなったような気がしたほどだ。
私のような衰えた足にさえそうなのだから、Jリーグの選手たちがこのボールの登場で自分自身のキックを見直すことになったのではないかという想像は容易につく。それが今季の「ロングパスの多用と精度向上」に結びついているのは間違いない。
サッカーほどシンプルなゲームはない。用具といえば、シャツ、パンツ、ストッキングからなる「ウエア」と、底にスパイクのついたシューズ、安全のためのスネ当て、そして1個のボールだけ。デザインは毎年変わっても、ゲームの質を変えるほど機能に大差があるわけではなかった。だが今度の新ボールは、確実にプレーを変え始めている。
正確なロングキックができることによって、選手たちの意識はそのキックの先に広がる。視野が広くなり、ゲームはよりダイナミックになる。
そして何より重要なのは、こうしたボールが、ワールドカップで使われるだけではなく、少し高価ではあるが、誰にも手にはいり、使うことができるという点だ。ルールが少年サッカーからワールドカップまで同じなように、サッカーという競技は非常に公平につくられているのだ。
チャンスがあったら、このボールをいちどけってみてほしい。きっと、サッカーの新たな楽しさが発見できるはずだ。
(1998年10月21日)
ドイツ代表の新キャプテン、オリバー・ビアホフは身長191センチ。その長身を生かしてヘディングでゴールを量産する。
ドイツ代表は伝統的に大型のFWを配置して「ターゲット」にしてきた。80年代には、ホルスト・ルベッシュ、ディーター・ヘーネスなどの長身選手が活躍した。しかしドイツ・サッカー史上最高の「ヘディングの名手」といえば、50年代から70年代にかけて活躍したFWウーベ・ゼーラーにとどめを刺す。
西ドイツ代表72試合で43ゴールを記録。なかでもヘディングシュートは、「芸術」のレベルにまで達していた。
驚くべきは、ゼーラーが身長わずか170センチしかなかったことだ。しかし大きなDFを相手に一歩もひるまず、あるときには豪快な、そしてあるときには絶妙のヘディングシュートを決めてみせた。
生まれつきの「バネ」もあっただろう。ジャンプのタイミングなど競り合いの技術も非常に高かった。もちろん努力も人並みではなかった。所属クラブの練習場の芝は、彼がヘディングシュートの練習で走るコースだけはげていたという。
しかし彼をヘディングの名手にした秘密は、何よりもボールの落下地点を見極める能力にあった。長いパスがどこに落下するか、彼は誰よりも先に察知し、いち早くその場所に動いた。飽きることなく続けられたヘディングシュートの練習は、センタリングの落下点を見極めるトレーニングでもあったのだ。
「空中戦」、ヘディングの競り合いは、サッカーで最もスリリングなシーンのひとつだ。高いボールに両チームの選手がジャンプする。一瞬時間が止まったように見えた後、競り合いに勝った選手が全身の力を集中させて頭でボールを叩く。ボールは彼の意志が乗り移ったように飛ぶ。
こうした競り合いで反則があったときの判定は、なかなか難しい。たとえば一方が相手の体の下にはいり、一方が相手の上にのしかかるようにヘディングしたとしよう。どちらが反則なのか。試合を見ていると、下になったほうを反則にする場合と、のしかかった選手を罰する場合がある。
ポイントは、ゼーラーのヘディングの「秘密」にある。そう、ボールの落下地点を占めることだ。
ボールの落下地点を占めている選手は、ジャンプしなくても反則にはならない。逆に相手にポジションを占められたためにその上でヘディングしようとすると、相手にのしかかる形となり、反則だ。
しかし相手にポジションを占められた選手が相手のヘディングを妨害しようと下にもぐり込めば、それも反則となる。
その瞬間だけ見ればまったく同じような形のプレーだが、上の人が反則になることもあれば、下の選手のファウルをとられる場合もある。判定の基準は、どちらが落下地点にポジションをとっていたかなのだ。
ボールが高く上がったときに、レフェリーが目でボールを追ってはならない理由のひとつがそこにある。ボールを追わず、できるだけ早くその落下地点を見なければ、正しい判定を下すことはできない。
非常に重要な技術であるにもかかわらず、ヘディングの能力は個人差が非常に大きい。苦手な選手は最初からあきらめてしまい、練習をしないので、さらに競り合いに弱くなる。
ヘディングは何よりもボールの落下地点の見極めであり、身長やジャンプ力はその次であることをもう少し「宣伝」する必要があるように思う。それによって、日本サッカーのヘディング能力が向上するはずだ。
(1998年10月14日)
興味深い本を見つけた。「スウェーデン女子サッカー25年史」。
スウェーデン・サッカー協会は73年に女子チームを正式に傘下に加え、この年の8月にフィンランドとの国際試合を行った。記録によると、マリエハムという小さな町で行われたこの試合には、1540人の観客が集まり、両チーム無得点で引き分けに終わった。
この年、スウェーデン協会に登録された15歳以上の女子選手の数は1万1894人。25年を経た今日、その数は4万838人になった。スウェーデン女子代表はヨーロッパの強豪のひとつに数えられ、女子ワールドカップやオリンピックで活躍している。
それを支えるのは、少女サッカー人口の大きさだ。7歳から12歳の少女のうち、なんと5人にひとりは地域のクラブに所属するサッカー選手だという。
スウェーデン・サッカー協会の理事を務めるスザンヌ・エルランドソンさんは、25年前のフィンランド戦に16歳で出場した選手だった。いろいろな年代別のスウェーデン女子代表の監督・コーチは、すべて女性で占められている。
男女同権が社会の隅々まで行き渡ったスウェーデンという国の特性もあるだろう。しかし過去25年間の間にサッカー協会と女子サッカー関係者が、選手を増やし、コーチを養成しながら女性の間にサッカーを広める努力を続けてきたことがよくわかる。
日本では先週、Lリーグ(日本女子サッカーリーグ)からふたつのチームの「撤退」が報道された。昨年度チャンピオンの「日興證券」と「フジタ」。ともにクラブをもつ企業の経費節減が理由だ。
10チームで構成されているLリーグ。厳しい経済情勢下、チームをもつ企業の多くは経費節減を迫られている。フジタ、日興のほかにも撤退を考えているチームがあっても不思議はない。当然の「企業論理」だ。
現在、Lリーグは一チームあたり年間700万円の分担金で運営されている。各チームは、このほか人件費、合宿費、遠征費、用具代などで年間数億の予算を必要とする。選手の大半はアマチュアで、高校生や大学生もいる。しかしクラブ組織の「読売ベレーザ」を除くと、全チームが基本的に選手を社員として雇用する形になっているのだ。
遠征費の削減のためにリーグを東西に分ける、選手の保有形態を見直すなど、早急にリーグとチーム運営のスリム化をはかる必要がある。日本女子代表に3回連続ワールドカップ出場の実力をつけさせたのは、まちがいなくLリーグの功績だ。しかしいまは、「生き残る」ことが何より大事だ。
と同時に、スウェーデンのサッカー協会が過去25年間にやってきたように、日本サッカー協会は女子サッカーの普及にもっと努めなければならない。競技人口を増やし、レベルと人気を上げることしか、企業に頼らないトップリーグにする道はないからだ。
Jリーグは、ある朝突然できたものではない。東京オリンピック以来営々と続けてきたサッカー界の普及と強化の努力があってこそ、安定して選手が生まれ、年を追うごとにレベルアップし、1万人を超す観客を集め、代表強化のベースとなるリーグができたのだ。
小学生、そしてとくに中学生の女子の間でサッカーを盛んにするために、過去日本サッカー協会はどこまで努力してきただろうか。数十年先を見据えた仕事をしていかない限り、女子サッカーの底辺は広がらないし、結果として、そのトップリーグは常に「企業論理」の前にひれ伏すしかなくなってしまう。
(1998年10月7日)
「現在の世界では、60から70もの国の代表チームが近いレベルにある」
「ブラジルやフランスを除いての話ですね」
「いや、ブラジルもフランスもその一団のなかだ。たとえばスロバキアの代表チームは、ブラジルやドイツを破る可能性をもっている。と同時に、キプロスやマルタに負けても不思議ではない。そして日本ももちろん、そうした60、70の国のひとつなんだよ」
ミラン・レシツキさん(53)は熱っぽく語った。国境を越えて指導者が動き、選手が動き、そしてテレビを通じて情報はあっという間に世界の隅々にまで伝わる。もはやサッカーに秘密はなく、世界のレベルは年を追うごとに差が縮まっているという。
レシツキさんは、中央ヨーロッパのスロバキア共和国でナンバーワンのサッカーコーチだ。93年1月に「チェコスロバキア」が分離してできた国のひとつが首都をブラチスラバに置くスロバキア。レシツキさんは分離前のチェコスロバキア代表チームのヘッドコーチを長年務め、分離後はスロバキアのUー21(オリンピック)代表チームの監督を四年間務めてきた。
そのレシツキさんと会ったのは、9月中旬、東京の渋谷でのことだった。レシツキさんは、ことしの3月から渋谷の住人なのだ。
昨年11月、ヨーロッパUー21選手権の予選が終わった後、レシツキさんは監督を辞任した。そして以後マスメディアにも一切顔を出さなくなった。サッカー記者たちがようやくこのスロバキア一のコーチの所在を確認したのは、ことし3月、東京でだった。
実は、外務省に勤める妻のダニエラさんが、領事として在東京のスロバキア大使館に着任することになり、レシツキさんもいっしょについてきたのだ。
「25歳のときにコーチになって以来、30年間近く働き続けてきた。だから、ちょうどいい休暇だと思ったんだ」
レシツキさん夫妻には男女ふたりの子供がいるが、いずれも成人し、すでに結婚もしている。サッカーのコーチとして、1年の3分の1以上家を空けていたので、妻が外国に赴任するならついていって、しばらく「主夫」になるのも悪くはないと思ったのだ。
しかし来日して半年、仕事がない生活というのが苦痛になってきた。15歳のときに1部リーグのクラブでプレーを始めて以来、ずっとサッカー漬けだった。サッカーはレシツキさんの人生そのものだったのだ。
ワールドカップは、東京の自宅の居間で見た。
「日本はよく動き、技術はすばらしかったし、戦術も申し分なかった。足りなかったのは経験。岡田監督は非常にクレバーだと感じたが、プレーをするのは選手。選手の国際経験が足りないのは明白だった」
ワールドカップが終わると、スロバキアの記者たちは毎日のように電話してきて「なぜあなたが日本代表の監督にならないのか」と聞いた。ヨーロッパでも有数の名コーチが東京にいるのに、日本は何をしているのかと。しかしレシツキさんの存在は、日本ではまったく知られていなかった。
妻のダニエラさんの任期は4年ないし5年間だという。レシツキさんが日本でまとまった仕事をする時間はたっぷりある。
「日本のサッカーの将来は非常に明るい。そして私には、その発展に寄与する力があると思う。できれば、日本で監督(コーチ)として働きたい」
不思議な縁で日本にきたレシツキさん。その縁が日本サッカーとどう交差するのか。ひょっとすると、近い将来にJリーグの監督になっているかもしれない。
(1998年9月30日)
中田英寿がセリエAにデビューした。ふたつのゴールもすばらしかったが、私にはパスの確度の高さがより印象的だった。
強豪ユベントスとの試合で、中田は40本のパスを試み、うち34本を通した。成功率実に85パーセント。「攻撃的MF」というポジションでは異例の高率だ。中田のキープとパスのおかげでペルージャがユベントスと戦う基盤ができたことが、2ゴールより大きな意味をもっている。
このセリエA開幕を最後に、西ヨーロッパの主要な国内リーグがすべて開幕した。ワールドカップ直後のシーズンは、どこの国でも新しいスターのプレーで盛り上がるのが通例だ。
しかし今年は、優勝争いの予想やスーパースターのプレー以外のところで議論が沸騰している。ヨーロッパの主要クラブを集める「スーパーリーグ」構想と、メディア王ルパート・マードック率いる衛星放送局「BスカイB」によるマンチェスター・ユナイテッドの買収事件である。
イングランドきっての人気クラブ、マンチェスター・ユナイテッドの買収には、約1200億円という値がついた。それに追随するように、アーセナルやニューカッスルなどプレミアリーグの他のクラブにも買収の動きが広がっている。
このような大胆な投資の背後には、マルチチャンネル・デジタル放送時代に向けての放映権獲得争いがある。それは「スーパーリーグ構想」もまったく同じだ。
トップクラスのサッカーは、ハリウッド映画の大作と並ぶ魅力あふれる放送ソフト。いまやメディア資本のサッカーへの進出は止めようのない事態なのだ。
しかし資金が流れ込むサッカーの側から見ると、まったく別の面が現れる。
プラス面には、資金が潤沢になり、選手の報酬やスタジアム施設などが改善されることが挙げられるだろう。それによって、エンターテインメント性がより高まるに違いない。
しかし物事には必ず両面がある。マイナス面は、恩恵を受けるのはごく一部のクラブにすぎないことだ。
現在でも、同じプレミアリーグに所属しながら予算規模に10倍もの格差が存在する。スペインやイタリアでも状況は同じだ。中田のペルージャは、1試合は健闘しても、1シーズンが終わったときにユベントスを押しのけて優勝することなどまずない。予算規模、クラブ組織、そして選手層がまったく違うからだ。
巨大メディアが資金を投入するのはごく一部の人気クラブ。「スーパーリーグ」に参入できるのはさらに少なく、超エリートクラブだけになるだろう。こうしたクラブだけが潤い、スターを買い集め、タイトルを独占するようになるのだ。
その一方で、中小のクラブ、そして下部のクラブは、補強もままならず、優勝の望みもなく、現在よりもさらに苦しい状況に陥るだろう。「スーパーリーグ」ができれば国内リーグへの興味が薄れるのは明白だ。ヨーロッパ・サッカーにとって非常に危険な状況といわなければならない。
はたして、ヨーロッパのサッカー界に、押し寄せるメディア資金をうまく処理する力はあるのか。それとも巨大な波にのみ込まれ、急激に輝いた後に衰退の道をたどるのか。
この事件は、けっして「よそ事」ではない。現在は日本のテレビにはあまり愛されていないJリーグだが、本格的なデジタル衛星放送時代を迎える近い将来に放映権争いが激化することは十分考えられる。ヨーロッパで起きることをよく研究し、サッカー界としてのスタンスをしっかりと固めておかなければならない。
(1998年9月16日)