サッカーの話をしよう

No.239 女子強化は底辺から

 興味深い本を見つけた。「スウェーデン女子サッカー25年史」。
 スウェーデン・サッカー協会は73年に女子チームを正式に傘下に加え、この年の8月にフィンランドとの国際試合を行った。記録によると、マリエハムという小さな町で行われたこの試合には、1540人の観客が集まり、両チーム無得点で引き分けに終わった。
 この年、スウェーデン協会に登録された15歳以上の女子選手の数は1万1894人。25年を経た今日、その数は4万838人になった。スウェーデン女子代表はヨーロッパの強豪のひとつに数えられ、女子ワールドカップやオリンピックで活躍している。
 それを支えるのは、少女サッカー人口の大きさだ。7歳から12歳の少女のうち、なんと5人にひとりは地域のクラブに所属するサッカー選手だという。

 スウェーデン・サッカー協会の理事を務めるスザンヌ・エルランドソンさんは、25年前のフィンランド戦に16歳で出場した選手だった。いろいろな年代別のスウェーデン女子代表の監督・コーチは、すべて女性で占められている。
 男女同権が社会の隅々まで行き渡ったスウェーデンという国の特性もあるだろう。しかし過去25年間の間にサッカー協会と女子サッカー関係者が、選手を増やし、コーチを養成しながら女性の間にサッカーを広める努力を続けてきたことがよくわかる。
 日本では先週、Lリーグ(日本女子サッカーリーグ)からふたつのチームの「撤退」が報道された。昨年度チャンピオンの「日興證券」と「フジタ」。ともにクラブをもつ企業の経費節減が理由だ。
 10チームで構成されているLリーグ。厳しい経済情勢下、チームをもつ企業の多くは経費節減を迫られている。フジタ、日興のほかにも撤退を考えているチームがあっても不思議はない。当然の「企業論理」だ。

 現在、Lリーグは一チームあたり年間700万円の分担金で運営されている。各チームは、このほか人件費、合宿費、遠征費、用具代などで年間数億の予算を必要とする。選手の大半はアマチュアで、高校生や大学生もいる。しかしクラブ組織の「読売ベレーザ」を除くと、全チームが基本的に選手を社員として雇用する形になっているのだ。
 遠征費の削減のためにリーグを東西に分ける、選手の保有形態を見直すなど、早急にリーグとチーム運営のスリム化をはかる必要がある。日本女子代表に3回連続ワールドカップ出場の実力をつけさせたのは、まちがいなくLリーグの功績だ。しかしいまは、「生き残る」ことが何より大事だ。

 と同時に、スウェーデンのサッカー協会が過去25年間にやってきたように、日本サッカー協会は女子サッカーの普及にもっと努めなければならない。競技人口を増やし、レベルと人気を上げることしか、企業に頼らないトップリーグにする道はないからだ。
 Jリーグは、ある朝突然できたものではない。東京オリンピック以来営々と続けてきたサッカー界の普及と強化の努力があってこそ、安定して選手が生まれ、年を追うごとにレベルアップし、1万人を超す観客を集め、代表強化のベースとなるリーグができたのだ。
 小学生、そしてとくに中学生の女子の間でサッカーを盛んにするために、過去日本サッカー協会はどこまで努力してきただろうか。数十年先を見据えた仕事をしていかない限り、女子サッカーの底辺は広がらないし、結果として、そのトップリーグは常に「企業論理」の前にひれ伏すしかなくなってしまう。

(1998年10月7日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

アーカイブ

1993年の記事

→4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1994年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1995年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1996年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1997年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1998年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1999年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2000年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2001年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2002年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2003年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2004年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →9月 →10月 →11月 →12月

2005年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2006年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2007年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2008年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2009年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2010年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2011年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2012年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2013年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2014年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2015年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2016年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2017年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2018年の記事

→1月 →2月 →3月