サッカーの話をしよう

No.1173 ファンIDが世界の人びとを結ぶ

 日本代表も大活躍し、久しぶりに心から楽しめたワールドカップが終わった。
 「空前の成功」。そう今大会を評する人が多い。巨額を投じてスタジアムや交通などのインフラを整備した政府。入念に準備された運営のレベルの高さ。何万人ものボランティアの明るい笑顔と献身的な働き。何よりも一般のロシア人たちの人柄の良さと親切さは、世界中からきたサッカーファンに感銘を与えた。
 そして今大会の成功の大きな要素として「ファンID」の導入を挙げる人も多い。入場券をもっているだけでは観戦できない。入場券が購入できたら「ファンID」を申請し、スタジアムではこの2つをチェックしてはじめて入場を許された。
 縦15センチ、横10センチほどのカードは正面に顔写真が貼られ、名前が書かれている。そして裏面には生年月日やパスポート番号などもある。ファンはこのカードを首からぶら下げてスタジアムにやってくる。セキュリティーゲートに設けられた読み取り装置にかざすと、装置の向こうの係員側のモニターには大きく顔写真が映し出される。そこで本人確認が行われるのだ。
 ロシアの国内リーグでは以前からこのシステムが使われているというが、国際大会では昨年のFIFAコンフェデレーションズカップで初導入された。このカードがあればロシアへの入国ビザを取得する必要がなく、ロシア国内の旅行の際の身分証明書代わりにもなった。もちろんロシア人も試合を見るにはこのカードの取得が必須だ。今大会を通じて、外国人に50万通、ロシア人には87万通の「ファンID」が発行されたという。
 今回の成功に力を得たロシアのプーチン大統領は、今後一般の旅行者にも適用を検討しているという。
 何やら個人情報を首からぶら下げているようにも感じるが、各国のユニホームを着た何万人ものファンが当然のように「ファンID」を下げて赤の広場を闊歩(かっぽ)している姿は、とても楽しそうだった。
 強く感じたのは、「ファンIDはファンID(アイデンティフィケーション)」ということだった。世界中からサッカーを愛する人が集まってくるワールドカップ。カードをぶら下げることで「私もあなたと同じサッカーファン」と宣言することになり、他国ファンとのコミュニケーションのきっかけになり、交流が盛んになり、そしてお祭りの楽しさが倍増した。
 4年後のワールドカップの舞台となるカタール組織委員会の役員も、「ぜひ採用したい」と話しているという。
 ファンIDは、スポーツ観戦だけでなく、今後さまざまなエンターテインメントで使われていくのではないか。

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(2018年7月18日) 
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