サッカーの話をしよう

No.1181 メキシコ五輪銅メダルで伝えるべきこと

 9月10日、日本サッカー協会は97回目の創立記念日を迎えた。そしてこの日、新たに日本サッカーの「殿堂」に加わった人びとの「掲額式」が行われた。
 選手として大きな功績を残した加藤久さん(62)、ラモス瑠偉さん(61)に加え、新たに殿堂入りを果たしたのは、銅メダルを獲得したメキシコ五輪代表。選手18人と監督以下スタッフ5人、計23人だ。
 1968年のメキシコ五輪からことしでちょうど50年。長沼健監督、岡野俊一郎コーチ、平木隆三コーチ、鈴木義昭ドクター、そして安斉勝昭マッサーの5人のスタッフはすべて他界し、18人の選手のうちすでに8人もの人びとが鬼籍にはいっている。しかしこの日、残る10人のうち9人が東京に集まった。
 この五輪で獲得した銅メダルは、あと3年で百周年を迎える日本のサッカー史のなかでもひときわ輝く偉業だ。当時の五輪はアマチュアリズムの時代で、実質的にプロでありながら政治方針でアマチュアとされていた東欧諸国以外はA代表が出場していたわけではない。しかし同時に、実際には純粋なアマチュアもほとんどいなかった。多くのチームが「若手プロ」で構成されており、当時国際サッカー連盟(FIFA)の役員だったデットマール・クラマーさんによれば「純粋アマは日本だけ」だったという。
 そのなかで3位の快挙を成し遂げた原動力は、選手たちの成熟度、人間性だった。
 このチームで「自由時間」といえば、文字どおり何をやってもいい時間を意味していた。選手村内だけでなく、町に出かけてもよかった。「村内散歩」に出かけた選手たちがアメリカの陸上競技選手らと話す姿がよく見られた。
 1964年の東京五輪前から世界中を渡り歩いて強化してきたチーム。選手たちは節度を守りながら、常に明るく、信じ難いほどオープンだった。
 だが同時に、彼らはどのチームにも負けないほど「プロフェッショナル」だった。チームの勝利のためにすべてを出し尽くし、3位決定戦を勝利で終えて選手村に戻ったときには、喜ぶどころか、全員がベッドに倒れたまま動くことさえできなかったという。
 大会後、彼らはさらにうれしい知らせを受け取る。FIFAと国連教育科学文化機関(ユネスコ)の、「フェアプレー賞」のダブル受賞だ。
 「フィールド内外での模範的行動」。外電は、受賞理由をこう伝えてきた。
 銅メダルは偉大な勲章だ。それは日本だけでなくアジアのサッカーに希望を与えた。しかし1968年の日本代表は、それをはるかに上回る価値を世界のスポーツ界にもたらした。「殿堂入り」はそれを後世に伝える絶好の機会だ。

(2018年9月12日) 
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