サッカーの話をしよう

No.1147 ブラジルと日本、集中力の差

 ネイマールやガブリエルジェズスを中心とした技術とスピードだけでなく、状況判断やフィジカルでも圧倒された日本代表のブラジル戦(11月10日、リール)。だが思わず声を上げるほど驚いたのは、試合の終盤近く、後半40分の1シーンだった。
 前半3点を叩き込まれた日本だったが後半に1点を返し、なんとかもう1点をと相手ボールを追い回している。ブラジルも、交代出場の選手たちが意欲的な動きを見せる。
 左タッチに近いハーフラインをはさんだ地域。DFアレックスサンドロからタッチライン際のFWドウグラスコスタに渡る。その瞬間、内側にいたMFレナトアウグストが前方のスペースで受けようと走る。日本のMF井手口が対応する。だがドウグラスコスタはスペースへではなく動いているレナトアウグストに向かって真横にパスを出した。これが合わず、ボールはピッチ中央に向かって転がる。
 その先にはブラジルMFカゼミロと日本MF森岡。ふたりともプレー時にはほぼ立止まっていた。だがパスミスになった瞬間に動き出したのはカゼミロただひとり。森岡が反応したのはカゼミロが2歩走った後だった。森岡が取れば絶好機の場面だったが、カゼミロは何事もなかったかのように味方につないだ。
 森岡の動きが特に緩慢だったとは思わない。ただカゼミロのルーズボールへの反応があまりに速かった。その差こそ、この試合の真実だった。
 サッカー選手は予測によって動く。ボールをもった選手の動きとともにその周囲の両チーム選手の動きを見て、ボールをもった選手の狙いを読み、自分の動きを決める。だからプレーが行われる瞬間には動き始め、次の状況に対応することができる。
 だがときに予測と大きく違うことが起こる。相手の思いがけないプレーによるときもあるが、多くは、ミスやリバウンドで読みとまったく違う方向にボールが飛ぶときだ。そんな状況への対応の速さの違いが、しばしば勝負を決める重要な要素となる。
 では速い反応はどう生まれるのか。最大のポイントは試合への集中だ。一瞬一瞬で変わる状況を常に目でとらえ、視覚と行動をダイレクトに結び付ける。「見て、考えて、行動」では遅い。反応の速さを生むのは、見た瞬間に体が動くほどの高い集中力だ。
 技術やスピードやフィジカル能力、あるいはワールドカップ優勝5回という歴史や選手の名声でブラジルが日本を圧倒したのではない。両チームの最大の差は、試合に対する集中度だった。
 この差を、日本代表選手たちはどう感じただろうか。そしてそれを埋めるべく、翌日のトレーニングから努力を開始しただろうか。

(2017年11月22日) 
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