サッカーの話をしよう

No.1130 追加タイムは厳格に取れるのか

 「ワールドカップ史で最もばかげた審判」という汚名を被せられているのが1978年アルゼンチン大会、スウェーデン×ブラジルのクライブ・トーマス主審(ウェールズ)だ。
 終了間際のブラジルの右CK。スコアは1-1。ネリーニョがキック、ジーコが頭で決める。しかし得点は認められなかった。トーマス主審はネリーニョのキックがジーコの頭に当たる前に試合終了の笛を吹いていたのだ―。
 サッカーの試合は前後半45分の90分間。だが誰にも見える時計があるわけではない。時間の管理は主審に一任されており、主審は負傷者の手当てや交代などで空費された時間を加算して45分に追加し、前後半を終了させる。
 今日では「前半1分、後半3分」ほどの追加タイムが常識的だが、これに敢然と挑戦したのが6月15日の国際サッカー評議会(IFBA)と国際サッカー連盟(FIFA)の共同会見だった。ロシアでのFIFAコンフェデレーションズカップ(6月17日~7月2日)で、厳格に追加タイムをとると発表した。
 PK(判定が下されてからけられるまで)、得点(得点があってから次のキックオフまで)、負傷(主審が当該選手に手当てが必要か聞いてからプレー再開まで)、レッドカードとイエローカード(主審がカードを示してから再開まで)、交代(主審が認めてから再開まで)、9.15メートル(主審がこの距離を測り始めてから開始の合図まで)の6項目。すべて追加タイムに入れると宣言したのだ。
 だが結果は啞然とするものだった。全16試合平均で前半の追加タイムは1.3分、後半は3.6分(延長戦は含まず)だった。この大会では1試合平均3回もビデオ判定があってさらに時間をとられたにもかかわらず、2014年ワールドカップの全64試合の平均とほぼ同じ数字だった。
 「6月15日宣言」は、まったくの絵空事だった。何らかの事情で今大会での実行は無理という判断だったのか。
 1978年ワールドカップ。ブラジルのCKが「時間切れ」になったのは、ネリーニョがコーナーエリアの外にボールを置いて「置き直し」となり、そこで時間を使ってしまったためだった。トーマス主審はアマの試合で45分間の追加タイムをとったことがあった。ピッチが丘の上にあり、ボールが出るたびに麓まで拾いに行かなければならなかったからだ。彼はただ、ルールに厳格な主審だったのだ。
 現在でも追加タイムは主審にとって大きなプレッシャーだ。その間に結果を左右する大きな出来事がある可能性があるからだ。「宣言」どおり厳格にとっていたら、優に10分間を超えてしまうだろう。その重荷を主審ひとりに負わせるのは正しいのだろうか。

(2017年7月26日) 
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