サッカーの話をしよう

No.1115 Jリーグクラブに『人事異動』は似合わない

 「このたび、○○部から××部へ異動することになりました...」
 日本の4月は、新スタートの時期である。新しい学校、新しい学年、新しい会社、そして新しい部署。Jリーグのクラブにも「異動」がある。同じクラブ内で、これまでとはまったく違った分野の仕事を任せられる人びとがいる。冒頭の手紙は、そうしたひとりから送られてきたものだ。
 日本の企業では定期的な人事異動があるのが普通だ。
 「スペシャリストよりゼネラリストをつくろうとしているんだ」という説明を聞いたことがある。いろいろな部署を経験させることで、総合的に仕事を進めていける人材を育てようという狙いだ。部署の年齢的なバランスを取る、業務のマンネリ化や取引先との癒着を回避するなどの意味もあるという。だがこうした「一般企業システム」をそのままJリーグクラブに当てはめるのは適当なのだろうか。
 私が欧州や南米のトップクラブを集中的に取材する機会を与えられたのは1980年代のことだった。そこで思い知ったのは、「サッカーの面で成功しているところはクラブ経営がうまくいっている」という、実に当たり前のことだった。会長たちは野心的にスタジアムなどのクラブ施設を改善してファンの心をとらえ、観客数増加による収入増をチーム強化に投入することによって欧州や南米、さらには世界の王者になるという夢を実現させていた。
 そして同時に、成功しているクラブには、各部門にプロ中のプロが配置されていることも知った。大きなクラブでも、クラブスタッフは信じ難いほど少なかった。極端に言えば、各部門に割り当てられた予算の範囲で決裁権をもつ経験豊富なマネジャーが1人と、その人をサポートするスタッフあるいは秘書が1人だけという形だった。
 役員、そしてコーチなどの現場スタッフを除けば、クラブの被雇用者は、どんなクラブでも20数人というところだったろう。「ゼネラリスト」などいない。各部門のマネジャーたちは例外なく「スペシャリスト」であり、それぞれの職務の「プロフェッショナル」だった。この「スリム構造」こそ、サッカーの面で成功するためのもうひとつの秘密だった。
 30年を経た現在、世界のトップクラブの組織も大きくなっているだろう。しかし基本的なあり方は変わっていないはずだ。サッカーのクラブとしてそれぞれの部門にプロフェッショナルを置くことで、組織のいたずらな肥大化を防ぐという考え方だ。
 無関係な部門への定期的な「社内異動」がプロのサッカークラブにふさわしいとは、どうしても思えない。

(2017年4月5日) 
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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