サッカーの話をしよう

No.1030 『マークしない』クロス対策

 昨年のワールドカップの技術と戦術を分析した日本サッカー協会の「JFAテクニカルレポート」(2015年1月発売)によれば、大会の全171ゴールのうち50ゴールが「クロス」すなわち左右からのパスによって生み出されたという。日本代表もコートジボワール戦で後半にクロスからのヘディングによる連続失点を喫した。
 日本に限らず重要な課題である「クロス対策」を考えていたら、チリでのコパアメリカ(南米選手権)で興味深いものに出合った。「マークをしない守備」である。
 6月24日にサンチャゴで行われた準々決勝のチリ×ウルグアイ。MFとFWに好選手を並べ、攻撃力を看板に初優勝を狙う地元チリ。ウルグアイはその圧倒的な攻撃に耐え、左右から送られるクロスを次々とはね返し続けた。
 ゴディン(186センチ)、ヒメネス(185センチ)という屈強なセンターバックをもつウルグアイだが、個人的な強さに頼るわけではない。組織としてクロスに強いのだ。
 よく見ると、4人の選手がゴールエリアのライン上にほぼ5メートル間隔で並び、クロスを待ち構えている。クロスが入れられようとするとき、ウルグアイの選手たちは相手選手など気にしない。ボールに集中し、自分の責任範囲に飛んできたら決然と対処する。
 普通、日本では、クロスに対する守備で最も重要なのは「マーク」、すなわち相手選手にしっかりつくことと教えられる。相手選手とボールの両方を視野に入れつつ、相手選手とゴールとの間、ボールが相手選手のところに来たら競り合える距離を取る。ボールにばかり気を取られる選手は「ボール・ウォッチャー」と呼ばれ、そのひと言で「守備落第」の烙印(らくいん)となる。
 それに対しウルグアイは、「ポジショニング」に重きを置いているように見える。クロスがシュートにつながるのは大半がゴールエリアライン近辺。ならばそこに隙間なく人を配置することでクロスをはね返す確率が上がるという考え方なのだろうか。マークに気をとられずボールに集中できることによって、個々の選手のクリア能力も最大限発揮されているように思えた。
 コーナーキックに対してなら、こうした「ゾーン守備」は日本でも珍しいものではない。しかし流れのなかのクロスに対してこの守備の考え方を実践するのは初めて見た。
 守備の目的はゴールを守ること。その手段としてマークがある。だが手段は一つではない。組織的なポジショニングでボールをはね返すことに集中するというやり方も、考えてみる価値のある「クロス対策」のように感じた。

(2015年7月1日) 
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

アーカイブ

1993年の記事

→4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1994年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1995年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1996年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1997年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1998年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1999年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2000年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2001年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2002年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2003年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2004年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →9月 →10月 →11月 →12月

2005年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2006年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2007年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2008年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2009年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2010年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2011年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2012年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2013年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2014年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2015年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2016年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2017年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2018年の記事

→1月 →2月 →3月