サッカーの話をしよう

No.1026 前門のFIFA、後門のUEFA

 「前門の虎、後門の狼」という言葉がある。「一難去ってまた一難」ということをたとえるときに引かれる中国の故事だが、いま国際サッカー連盟(FIFA)、なかでもブラッター会長への世界の風当たりを見ていると、なぜかこの言葉が思い浮かぶ。
 私はブラッター会長がクリーンとは思っていない。会長に初当選した1998年のFIFA総会での選挙自体が、大きな疑惑に包まれていた。
 最大の疑惑は2018年と2022年ワールドカップ開催国決定にまつわるものだ。ロシアはともかく、首都ドーハ以外に都市のないカタールで、最高気温が40~50度になる6月にどうワールドカップを開催するのか、FIFA理事会の正気さえ疑った。
 ブラッターは、1974年から98年まで24年間会長を務めたアベランジェの下で長年事務総長を務め、後継者として98年からその地位にある。すなわちFIFAでは「アベランジェ・ブラッター体制」が41年間も続いていることになる。そしてこの期間にFIFAはワールドカップのスポンサーや放映権などで巨額の資金力をもつ団体となった。
 だがこの間にFIFAをはるかに超える財政規模をもつようになった団体がある。欧州サッカー連盟(UEFA)である。90年代半ば以降、欧州の主要リーグは世界中から選手を集め、スター揃いのチャンピオンズリーグの成功で巨大な資金力もつに至った。
 アベランジェはUEFA以外からの初めてのFIFA会長だった。彼が就任した当時のワールドカップ出場国は現在の半分の16だったが、欧州は9ないし10、南米は3ないし4の出場枠をもっていた。残りはわずか3枠だった。
 アベランジェは「サッカーを真に世界のものにする」という公約で当選、ワールドカップ出場国を16から24へ、さらに32へと増やし、増加分をアフリカやアジアなどに厚く振り向けた。UEFA選出の会長時代が続いていたら、どうなっていただろうか。
 そしていま、UEFAは域内に限らず広く世界から放映権収入をかき集め、誰も語らないが、欧州以外の国々を苦しめる最大の元凶となった。ひとつの国でサッカーに使われるカネの多くが自国のサッカー発展には使われず、欧州に流れ込んでいるからだ。
 その「欧州の暴慢」に唯一抵抗しているのがFIFAであり、ブラッターなのだ。FIFAがこのままでいいわけがない。だが「前門の虎」を倒しても「後門の狼」に脅かされるのでは元も子もない。UEFAを世界のサッカーの支配者にしてはならない。
 現代の中国で「前虎後狼」と言えば、聖人面をして裏で悪事を働く者を指すという。

(2015年6月3日) 
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