サッカーの話をしよう

No.974 裸足のインドの真実

 64年前の1950年に開催された最初のブラジルでのワールドカップは、いくつもの伝説で彩られている。
 アマチュアのアメリカに敗れた「無冠の王者」イングランド。マラカナン競技場に20万人を集めた最終戦でウルグアイに逆転負けして初優勝を逃した地元ブラジル...。だが最大の伝説は、「裸足でのプレーを認められなかった」という信じ難い理由で棄権したと伝えられるインドだ。
 インドは第二次世界大戦直後のアジアのスポーツ大国で、サッカーも強かった。1948年のロンドン五輪では1回戦でフランスと対戦し、1-2で惜敗した。だがセンセーションを巻き起こしたのはインドの強さではなく、選手たちがサッカーシューズをはいていなかったことだった。
 といっても素足ではない。足首用のサポーターはつけていた。1947年の独立まで英国の植民地だったインド。サッカーは常にきれいな芝生の上で行われていた。当時の武骨なサッカーシューズをはくより、ボール扱いがたやすい裸足でのプレーを、インドの選手たちは好んだのだ。
 インドは1950年ワールドカップにエントリー、やすやすと出場権を獲得した。アジアからの他のエントリー国、ビルマ(現在のミャンマー)、フィリピン、インドネシアがすべて棄権し、予選なしでの決定だった。
 5月には組分けも決まり、インドはイタリア、スウェーデン、パラグアイと対戦することになった。だが6月24日の開幕に向け出発を待つばかりだったインド代表チームをショックが襲った。インドサッカー協会が出場辞退を決めたのだ。
 組分け抽選時に国際サッカー連盟(FIFA)が出場チームにサッカーシューズ着用義務づけを通達したこともあり、欧州ではインドの辞退は裸足でのプレーを禁じられたことが理由と伝えられた。それが伝説となった。
 インド協会は「ブラジルへの渡航費を工面できなかった」と発表した。だが渡航費はFIFAが負担することになっていた。実際には、インド協会が12年ぶりに開催されるワールドカップの価値を認識しておらず、五輪出場だけをターゲットにしていたのだ。
 インドは52年のヘルシンキ五輪に出場。シューズをはいたチームはユーゴスラビアに1-10の大差で敗れた。五輪出場は60年ローマ大会まで続き、56年メルボルン大会では4位の好成績を残したが、初出場のチャンスを自ら放棄したワールドカップ出場はまだない。

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(2014年4月2日) 
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