サッカーの話をしよう

No.920 「アルカンタラ 1920年代のメッシはフィリピン人」

 リオネル・メッシがバルセロナでの通算300得点を突破したという。昨年来の得点ペースはすごいとしか言いようがない。
 だがそのメッシもクラブ記録にはまだ届かない。バルセロナの歴代最多得点者はパウリノ・アルカンタラ(1896―1964)。1912~27年の間に357試合に出場し、試合数と同じ数の得点を記録した。バルセロナの最初の黄金時代の主役だった。
 細身で小柄なフォワード。強烈な右足シュートをもち、ゴールネットを突き破ったことさえあるという。だがそれ以上の驚きは、20世紀初頭のスペインのスターが欧州でプレーした初のアジア人で、日本ともかかわりがあったという事実だ。
 生まれはフィリピン中部パナイ島のイロイロ。父はスペイン軍人、母は現地女性だった。イロイロはサッカーが盛んな町で、自然にプレーするようになった。1911年、両親とともにバルセロナに移住。14歳だった。
 バルセロナの学校チームでプレーを始めると、たちまち才能を発揮する。15歳でバルセロナの1軍に引き抜かれてデビュー、初戦でいきなりハットトリックの活躍を見せた。最多得点記録とともにクラブの最年少得点記録も彼のものである。
 だが両親の願いは彼を医者にすることだった。彼が19歳になると一家はフィリピンに戻り、息子はマニラの医大に入学する。そして翌1917年、彼は東京で開催された第3回極東選手権(総合スポーツ大会)でフィリピン代表のエースとして来日する。
 日本サッカー協会はまだ誕生しておらず、日本は東京高等師範学校が代表として出場、フィリピンには2-15の大差で敗れた。フィリピンの先制点を決めたのはアルカンタラだった。ちなみにスポーツ万能だった彼は、この極東選手権ではテニスにも出場している。
 一方、彼を失ったバルセロナはタイトルから見放され、復帰を望む声が高くなる一方だった。かたくなな両親に対し、彼はマラリアにかかったのを利用して「スペインに戻らせてくれないなら薬は飲まない」と主張、ようやくバルセロナ復帰を勝ち取った。バルセロナの第一期黄金時代はここから始まる。
 フィリピンのサッカーは、一時アジアで最も弱いと見られていた。だが近年めきめきと力をつけ、現在はアジアの46カ国中22位。「アジア初のスーパースター」アルカンタラの存在が、彼らに誇りと勇気を与えている。

(2013年2月20日) 
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