サッカーの話をしよう

No.915 体罰でなく説得する指導を

 「以前、われわれは選手たちに何かを『要求する』立場にあった。しかし現在は彼らを『納得させる』ことを求められている」
 1月12日から3日間仙台で開催された「フットボールカンファレンス2013」でA・ロクスブルグ(前欧州サッカー連盟技術委員長)が紹介したA・ベンゲルの言葉だ。
 イングランドのアーセナルでリーグ3回、カップ4回の優勝経験をもつベンゲル。16シーズンでいちども4位を下回ったことがないという抜群の実績を背景に、育成システムの構築からトップ選手の契約にいたるまでクラブの「全権」を任される立場にある。
 そのベンゲルをもってしても、「こうプレーしろ」と命じるだけでは、現代の選手たちの力をフルに引き出すことはできない、説明して完全に納得させなければ動かすことはできないというのだ。
 その言葉で思い起こしたのが、大阪の高校バスケット部員の自殺事件だった。顧問の教師による体罰が原因だったという。
 その報道のなかで、「これは暴行」と断じながらも、体罰自体を否定するわけでもない意見が多かったのに驚いた。いまも日本の「スポーツ教育」のなかで体罰を容認あるいは「必要悪」とする空気がある。強い選手をつくるため...と。
 完全な間違いだと思う。指導は受けるにしても、スポーツとは本来自発的に行うものであり、自発的な行為だからこそ人間としての成長やあらゆる面での自立につながる。
 「フットボールカンファレンス」では、一流選手とそうなれない選手の違いは人間性にあると、何人もの指導者が指摘した。自立した人間でなければスポーツで成功することはできないというのだ。
 「体罰による指導」というものがあるとしたら、「他発的」な力の発動により自立した人間と同じ力を引き出そうというものではないか。その効果は長続きせず、体罰は繰り返され、エスカレートすることになる。
 より根本的な問題は、体罰が選手の人権を無視したものだということだ。スポーツ教育だけが、日本国憲法第十三条(「すべての国民は、個人として尊重される」)の例外でありえるわけがない。
 体罰に象徴される権力ずくの指導と対局にある「納得させる指導」には、指導者側の不断の努力と研究が必要だ。クラブ内で絶対的な決定力をもつ世界的な指導者でさえその努力を怠っていないことを、よく考えてみる必要がある。

(2013年1月16日)
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