サッカーの話をしよう

No.889 追加副審の最終実験

 ポーランドとウクライナで行われている欧州選手権(EURO)は早くも1次リーグが終わり、明日(日本時間明後日未明)から準々決勝が始まる。
 この大会を見た人なら、奇妙な人がゴールの横に立っていることに気づいただろう。「追加副審」と呼ばれる実験中の審判員だ。
 ゴールかゴールでないか、微妙なケースの判定に、国際サッカー連盟は科学技術を導入しようとテストを急いでいる。一方欧州サッカー連盟は、あくまで人間の目で判定を下すべきと、追加副審の導入を主張してきた。
 08年にテスト導入が許可され、実験が行われてきた。UEFAチャンピオンズリーグで見たことがある人もいるかもしれない。今回の欧州選手権は、その「最終テスト」と位置付けられている。
 追加副審はゴールの右横に立ち、ボールが近づくとゴールラインをまたぐように立って判定を下す。笛もない旗もない。頼りは他の審判員との間をつなぐ無線通話システムだ。
 だが大歓声のなか聞こえないこともある。そこでこれまでも副審から主審に注意をうながすときに使われてきたシグナルビップという装置ももっている。追加副審は捕物の「十手」のようなものを手にしてるが、まさにそれがシグナルビップのスイッチがついた「旗のない旗棒」なのだ。
 ゴール判定だけではない。追加副審にはペナルティーエリア内の反則も監視できるという大きな利点がある。CK時にゴール前で守備側が相手をつかんだり、逆に攻撃側が相手を押すなどの行為を主審1人で判定するのは不可能に近い。主審とはさみこむようにプレーを見る追加副審の存在により、反則自体も減っているという。
 08年に追加副審を使う審判法の実験が始まったころには混乱もあった。だが試行錯誤を経て4シーズン。熟成が感じられた。
 今大会では12人の主審が任命され、それぞれに副審2人、追加副審2人、そしてバックアップの副審1人の同国人審判員5人がついてチームを構成している。これに第4審判が加わり、計7人でひとつの試合を担当するという方式だ。
 追加副審24人は全員が国際主審だ。走力より判断力が重要な追加副審。現在の国際審判員の定年(45歳)を追加副審に限って5歳引き上げるような措置をとれば、予想される審判員不足にも対応できるのではないか。
 欧州選手権の残り7試合、優勝の行方とともに、追加副審の働きにも注目したい。
 
(2012年6月20日)
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