サッカーの話をしよう

No.879 世界記録の背景に(オーストラリアvs米領サモア31-0)

 4月11日はサッカー史に残る記録が生まれた記念日だ。11年前、2001年のこの日、オーストラリア代表が米領サモアを相手に31-0という国際試合の得点記録を樹立した。
 オーストラリア東部のコフハーバーに5チームを集めて行われたワールドカップのオセアニア1次予選。地元オーストラリアは大会2日目に登場、トンガを22-0で下した。前年にクウェートがブータンを下した20-0を抜く国際試合の世界記録。そして2戦目の対戦相手が米領サモアだった。すでにフィジーに0-13、サモアに0-8と連敗している相手に対し、オーストラリアは若手でチームを組んだ。
 米領サモアは大きな困難に直面していた。登録20選手のうちなんと19人に代表資格がないことが判明、急きょ代わりを呼ばなければならなかったのだ。
 だが大学の試験期間と重なってU-20代表選手は招集できず、追加はわずか15人、大半が高校生。平均年齢は18歳だった。選手の多くは45分ハーフの試合を経験したことさえなかった。人口約7万の米領サモア。登録選手はユースを入れても2000人だった。
 しかも中1日で3試合目。疲労に加え前の試合で故障者も出て、オーストラリア戦には控えのGKをMFとして出さなければならない状況だった。
 それでも序盤は粘った。本来の代表からただひとり残っていたGKのサラプが好セーブを連発した。だが前半10分に先制点を許すと、あとは次々とゴールを割られ、前半だけで16点。後半にも15点を取られて31-0。「世界記録更新」の餌食となってしまった。オーストラリアFWトンプソンの13得点も「世界新」だった。あまりのゴールラッシュに記録員も混乱した。スコアボードには「32-0」の数字が並んでいた。
 終了の笛が鳴ったとき、3000人の観客もオーストラリアの選手たちも一様にほっとした表情を浮かべた。歓喜はなかった(この大勝が、オーストラリアの「アジア移籍」のきっかけとなる)。
 しかし歴史に残る大敗を喫した米領サモアの選手たちは対照的だった。彼らは堂々と胸を張り、レフェリーに、そしてオーストラリアの選手たちに笑顔で握手を求めた。
 「恥だなんて思わない。私たちはこの試合から多くのものを学んだんだ」とキャプテンのサラプは語った。
 記録に残るのは90分間で31得点という数字だけ。しかしその背景には、数字では語り尽くせない物語がある。
 
(2012年4月11日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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