サッカーの話をしよう

No.842 美しき女子サッカー

 「女子サッカーは美しい」。つくづくそう感じさせられた女子ワールドカップだった。
 日本女子代表(なでしこジャパン)が優勝したからではない。決勝戦終了後、日本の選手たちを笑顔で祝福したアメリカのエース・ワンバクなど、3週間にわたってドイツで繰り広げられた祭典は、サッカーの本当の美しさを示すものだった。
 年俸数億円という選手も珍しくない男子のワールドカップ。「ビッグビジネス」の色が濃い大会と比較してとくに素晴らしいと感じるのは、選手たちの思いの純粋さだ。自らの野望のためではない。ひたすらチームの勝利のために戦う姿は、チームの別なく心を打つものだった。
 なかでも気持ちが良かったのは、得点後の大げさなパフォーマンスがほとんど見られなかったことだ。スウェーデンが得点後に集まってダンスしている姿は見たが、他のチームでは、得点者はただ両手を挙げて喜び、チームメートのところに走っていって抱きつくという形がほとんど。そしてそれが済むと、今度はベンチのところまで走っていってサブの選手たちと抱き合う。
 今大会の6試合でなでしこジャパンは合計12のゴールを記録した。そのすべてが、こうしたシーンだった。そこにあったのは、笑顔と抱擁だけだった。
 サッカーのゴールは例外なく美しい。それは弾丸シュートであろうとコロコロとはいったゴールであろうと、相手の選手が決めてくれたオウンゴールであろうと、チーム全員の努力が結実したものだからだ。
 いま世界で大はやりの得点後の大げさなパフォーマンスは、サッカーで最も美しいゴールの感動を他のものにすり替えてしまう愚行と言っても過言ではない。せっかく力を合わせて世にも美しいゴールを決めたのに、サッカーとは無関係な行為でその感動を忘れさせてしまうのは、本当にもったいない。
 女子ワールドカップでは、選手たちは純粋にサッカーを楽しみ、チームの勝利のためにプレーしていた。だからそうした愚行とは無縁だったのだ。
 スピードやパワーだけでなく、技術や判断力、駆け引きなどの面でも、男女のワールドカップを比較すると、レベルはいまも大きく違う。しかし女子のワールドカップには、純粋なサッカーの喜びと、チームに対する無私の忠誠があった。それこそ、「女子サッカーは美しい」と思わせる要因だったのだろう。
 
(2011年7月20日)
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サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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