サッカーの話をしよう

No.827 元気を与えられるのは誰?

 「力になりたい」
 誰もが口をそろえてそう話した。
 「被災に苦しむ人びとを元気づけたい」
 「そのため」の試合が、昨夜、大阪で行われた。東北地方太平洋岸地震復興支援チャリティーマッチ。ザッケローニ監督率いる日本代表とストイコビッチ監督が指揮をとるJリーグ選抜(チームアズワン)の対戦だった。
 2004年にも同様の試合があった。同年10月23日に発生した新潟県中越地震の被災者を励ますために、12月4日に新潟のビッグスワンで開催された試合だ。当時日本代表監督だったジーコが代表の功労者を中心に「ジーコ・ジャパン・ドリームチーム」を選び、地元のアルビレックス新潟と対戦した。
 試合はすばらしかった。両チームとも懸命に攻守を繰り返し、得点こそ生まれなかったが、ともに果敢にシュートを放ち、GKも好セーブを連発してスタンドを沸かせた。
 しかし、試合を見ながら、私は奇妙な感覚を味わっていた。
 「元気」を与えられているのは、いったいどちらだろう―。
 選手たちは、スタンドを埋めた「被災者」の声援に引っぱられるように好プレーを見せた。テレビのこちら側の私まで、新潟の人びとから力を与えられ、元気づけられるのを強く感じた。
 今回の大震災でも、互いに助け合い、励まし合い、前向きに生きて行こうという被災地の人びとのことが毎日のように伝えられている。文字どおり命ひとつで凶暴な津波から逃れたお年寄りが、東京に住む息子一家に向かって「不便なこともあるだろうが、体に気をつけてがんばれ」と気づかう言葉も聞いた。
 人間の気高さというものを、あらためて思う。もし自分自身が同じ立場になったら、あんな態度で生きられるだろうか。自分のことより他を気づかうことができるだろうか。
 昨夜も、日本代表とJリーグ選抜の選手たちは魂のこもった試合を見せてくれた。それは有形無形に被災地復興の一助になるに違いない。しかし同時に、選手たちの力が被災地の人びとの勇気ある姿から与えられたものであることも、忘れてはならないと思う。
 世界では、日本という国自体が破壊されたのではという懸念が広がっている。幸い、昨夜の試合は、世界の各地で生中継されたという。選手たちの真摯(しんし)な姿勢は、被災地の人びとの勇敢な生きざまを世界に伝え、逆に世界に元気を与えたに違いない。
 
(2011年3月30日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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