サッカーの話をしよう

No.821 アジアカップ決勝のスキャンダル

 延長後半の劇的な決勝ゴール。1月7日から29日までカタールで開催されたアジアカップは、私たち日本人にとってエキサイティングな大会だった。
 スタジアムは素晴らしく、運営もスムーズに行われているように思えた。カタールの人びとが思いがけなく日本びいきで、決勝戦では日本に圧倒的な声援が送られた。だがその背後で、正規の入場券をもったファンが何千人も決勝戦を見ることができなかった事実は、日本ではほとんど報道されていない。
 キックオフの午後6時が迫り、とっぷりと日が暮れたカリファ・スタジアムの第1ゲート前はパニックに陥っていた。何日も、人によっては何カ月も前に購入した入場券をもっている人が「満員だから」と入場を拒否されていたのだ。理屈など通らない。怒りと絶望感が渦巻き、ひとつ間違えば何らかの惨事が起こっても不思議でない状況だった。
 実際、スタンドは満員とは言えなかったが8割方埋まった。私は午後3時過ぎからスタンドに座っていたのだが、3時半ごろから続々と学生の団体が入場し、それぞれに決められたチームの応援を楽しみ始めた。そうした「動員」でスタンドが埋まったことで、だれかが「入場打ち切り」を指示したのだろう。
 今大会の序盤は、地元カタールの試合以外は空席が目立った。アジアカップでは別に珍しくないのだが、2022年ワールドカップのカタール開催決定を受けて世界から注目されていることもあり、地元組織委員会は非常に気にした。そして準決勝で大量の動員が行われ、スタンドはにぎやかになった。
 だが決勝戦でも同じようにしたことが、入場券をもった人が入場できないという異常事態を引き起こした。冷静なファンは払い戻しを要求したが、それも認められなかった。
 「もっと早くくるべきだった」。現場のマネジャーは、平然とそう突き放したという。
 「被害者」には日本やオーストラリアのファンも多数含まれていた。そのひとり、神奈川県在住のFさん(33)は、「オーストラリアに勝ったのを見ることができなかった。残念というより絶望的」と、憤りを抑えられない表情で話した。
 「ワールドカップ開催国」のメンツを安易な方法で保とうとし、結果としてあってはならない事態を招いた地元組織委員会の罪は小さくない。大会主催者であるアジア・サッカー連盟(AFC)には、徹底的な調査を要望したい。


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カリファ・スタジアム
 
(2011年2月2日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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