サッカーの話をしよう

No.794 ワールドカップ成功を支えた南ア国民

 「10点満点で9点」
 決勝戦翌日の記者会見で、国際サッカー連盟(FIFA)のジェゼフ・ブラッター会長はワールドカップ2010南アフリカ大会の成功を称賛した。
 大会前にこれほど懸念をもたれたワールドカップはかつてなかった。犯罪率の高さ、伝染病、そして不十分なインフラ...。大会まで1年を切った09年にも、「プランB(代替地開催)」のうわさが絶えなかった。
 だが始まってみると過去に記憶がないほど喜びにあふれた大会となった。大会を安全に、そしてできる限り快適にするために南アフリカ政府と地元組織委員会が払った努力は並大抵のものでなかっただろう。しかし何にもまして大会を盛り上げたのは、5000万国民がこぞって「ホスト」の意識をもち、同時に、自らも心から大会を楽しんだことではなかっただろうか。
 「ワールドカップを楽しんでいますか。この国はどうですか」
 飛行機で隣に座った人から、小さな買い物をした店の人から、そして道ですれ違っただけの人びとからまで、毎日何回もこう聞かれた。そして私が日本人だとわかると、「あの試合は本当に不運だったね」と、パラグアイ戦のことに触れ、本田や遠藤の名前を出して「次の大会ではもっと上に行けるよ」と慰めてくれた。
 ただひとつ残念だったのは、地元の人びとが「バファナ・バファナ(少年たち)」と呼んで熱愛する南アフリカ代表が早々と敗退したことだった。開催国が1次リーグを突破できなかったのは史上初めて。前回準優勝のフランスに2-1で勝ちながら決勝トーナメント進出を逃したことは、人びとを深く落胆させた。
 だがここからがこの国の人びとの「サッカー愛」の見せどころだった。「バファナ・バファナ」のシャツが売れ続ける一方、人びとはそれぞれ次に応援するチームを決め、そのサポーターとなった。
 スタジアムも街もよりカラフルになり、世界中からやってきたサポーターと南アフリカ人の「にわかサポーター」の交流で笑顔が広がり、楽しい雰囲気でいっぱいになった。
 国籍も肌の色も関係ない。応援するチームのシャツを着て歌い、声援を送り、ジョークを飛ばし合い、ブブゼラを吹く。まさにユートピアだった。
 「人びとの、人びとによる、人びとのための祭典」―。ワールドカップの本質を、これほど強く感じた大会はなかった。
 
(2010年7月14日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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