サッカーの話をしよう

No.783 南アフリカ伝説の名手

 現代のヨーロッパ・サッカーを、アフリカ人選手抜きに語ることはできない。ポジションを問わず、アフリカ出身選手が各国のビッグクラブで不可欠な存在として活躍中だ。
 最初に世界的な名声を受けたアフリカ人選手は、ポルトガルのベンフィカで活躍したモザンビーク出身のエウゼビオだった。1961年にデビュー、猛烈な得点力を見せた。
 しかしエウゼビオが登場する6年も前に、アフリカからやってきてヨーロッパのサッカー界を驚かせたひとりの選手がいた。スティーブ・モコネ。「黒い流れ星」と呼ばれた南アフリカ出身のストライカーだ。だが数奇なキャリアを送った彼は、いま、サッカー史のなかで忘れられた存在になっている。
 1932年ヨハネスブルク生まれ。物心つくころにはサッカーで飛び抜けた才能を示していた。弁護士にしようと考えていた父親は彼を遠くダーバンの中学に送りサッカーを忘れさせようとしたが成功せず、彼は16歳で南アフリカ代表に選ばれるまでになった。
 その才能に目をつけたのがイングランドのコベントリー。父親の反対を押し切って18歳でプロ契約。彼はヨーロッパのプロでプレーする最初のアフリカ出身黒人選手となった。
 天賦の才は明白だった。だがロングボール主体のイングランドでは天才を生かすことはできなかった。3年後、彼はオランダのヘラクレスに移籍する。
 デビュー戦で2得点を決め、彼はオランダ西部のアルメロという小さな町のヘラクレスをオランダ・チャンピオンに導く。それからは、毎年のようにクラブを移った。フランスのマルセイユ、イタリアのトリノなど行く先ざきで彼はマジックのようなプレーを見せ、得点を重ねて「最高級のスポーツカー」と称賛された。イタリアのある専門家は「ペレに匹敵する天才だった」とまで評している。
 1964年、アメリカでプレーした後に引退。大学に通い、心理学の博士号を取得、大学教授の職についたが、妻への暴行容疑で有罪判決を受け、9年間の服役を余儀なくされた時期もあった。
 1955年から40年間も祖国を離れ、忘れられた存在だったモコネの功績が認められたのは1996年。彼は南アフリカのスポーツ選手を援助する財団を設立、2003年には南アフリカ政府から勲章も受けた。3月23日、モコネは「第二の故郷」となったニューヨークで、78回目の誕生日を静かに迎えた。
 
(2010年3月24日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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