サッカーの話をしよう

No.782 データが生んだロングボール戦術

 いまからちょうど60年前、1950年3月の土曜日の午後、チャールズ・リープ(48)は突然あることを思いつき、ひざを叩いた。
 この日、彼はイングランド・リーグ3部のスウィンドン対ブリストルの試合を観戦していた。ひらめきが訪れたのは、ハーフタイムのことだった。さっそく彼は上着のポケットからノートと鉛筆を取り出すと、後半の開始を待った。そして熱心な調査が始まった。
 リープは20年ほど務めた空軍から退役し、会計士として働いていた。生活には困らないものの平穏無事な会計士の仕事のなかで、彼は何か情熱を傾けられるものを求めていた。それがこの日、天啓のように訪れたのだ。
 得点につながったパスの数を数える―。単純なことだが、思いついた者はいなかった。やがて彼は予想外の結果を得て驚く。そして論文を「試合分析」という雑誌に投稿する。
 「得点が生まれたケースの85%において、パスの数は3本以内であった」
 このデータに基づいて、彼は「ボールを奪ったらできるだけはやく相手ゴール前に放り込むべき」という戦術を主張したのである。
 彼の主張に興味をもった者は多くはなかった。しかし数少ない例外だったウォルバーハンプトンのスタン・カリス監督はリープ発案のロングボール戦術を徹底した。そして54年に1部リーグ初優勝、58、59年には連覇を飾り、クラブに黄金時代をもたらした。
 この成功はイングランド全体に影響を及ぼした。イングランド協会の技術部長であったチャールズ・ヒューズはリープの主張を発展させ、相手のペナルティーエリアに送り込むパスの数で勝負が決まると強調した。
 リープのデータほどではないが、得点が生まれる状況というのは今日でも大きな違いはない。06年ワールドカップ後の日本サッカー協会の技術報告によれば、得点に至るパスが3本以内だった割合は98年が51%、02年が61%、そして06年が47%と相変わらず高い。
 だがとにかく相手ゴール前にボールを放り込めというロングボール戦術など今日では過去の遺物だ。正確なパスで中盤を制し、試合を支配することが、結局は「パス3本でシュート」という状況を増やし、逆に相手にはこのようなチャンスを与えにくくすることが理解されているからだ。
 データは重要なことを教えてくれる。しかしサッカーに対する大局的かつ総合的な理解からそれを使いこなすことが何より大事だ。
 
(2010年3月17日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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