サッカーの話をしよう

No.733 カマモトがいないから面白い

 「カマモトがいればなあ...」
 2月11日のオーストラリアとのワールドカップ予選(横浜)を見ながら、オールドファンなら思わずこうもらしたに違いない。いくつも決定的なチャンスがありながら日本は結局ゴールを決めきれず、試合は0-0の引き分けに終わった。
 釜本邦茂は1964年から77年にかけて日本代表として活躍した日本サッカー史上最高のストライカー。68年のメキシコ・オリンピックでは7ゴールで得点王となり、日本を銅メダルに導いた。
 このときの日本代表のサッカーは、人数をかけて守り、少人数で速攻を仕掛けるというもの。得点の多くは、FW杉山隆一がボールを運び、釜本が決めるという形だった。国際Aマッチ出場76試合で75得点という釜本の群を抜いた「決定力」があって初めて成り立つサッカーだった。
 釜本のような「スーパーストライカー」をもつことは世界中の監督たちの夢だ。どんな試合でも必ず1点を決めてくれる選手がいれば、それだけで半ば勝ったようなものだ。複雑なパスワークなど不要。相手からボールを奪ったら、ともかく彼に渡しておけばなんとかしてくれる。
 だが世界広しといえどもスーパーストライカーは数えるほどしかいない。またそんな選手がいたとしても、ケガで出場できなければ悲惨なことになる。
 だから監督たちはチームプレーで攻撃をつくり、平凡なストライカーでも(あるいはMFやDFでも)点を取れるような決定的なチャンスをつくるチームにしようと工夫する。釜本以後、「決定力不足」に悩む歴代日本代表の努力は、「いかにチャンスの数を増やすか」にあった。
 「人も動き、ボールも動く」と、現代の日本の指導者たちはサッカーの理想像を表現する。数多くのプレーヤーが互いに連係して動くことで相手守備をゆさぶり、それに合わせてタイミングよくボールを動かすことでチャンスをつくろうというのだ。「スーパーストライカーにおまかせ」のサッカーと比べると、なんとけなげで、涙ぐましいことか。
 だがそうしたサッカーには、それ自体に大きな魅力と喜びがあるのも事実だ。オーストラリア戦においてボランチの長谷部誠が見せた献身的な走りで相手も観客も驚かせたプレーは、それだけで心躍らせるものがあった。
 「カマモト」がいない。だからこそ、サッカーは想像力と創造性にあふれ、エキサイティングなものになる。
 
(2009年2月18日)
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サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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