サッカーの話をしよう

No.674 我那覇事件、まず川崎が立ち上がるべきだ

 自分が何をしていても、気になるのはオシム監督の容態だ。無事回復し、あの笑顔を見せてほしいと思う。
 「プレーヤーズファースト(選手第一)」という言葉がある。私がオシム監督を敬愛するのは、彼の言葉や行動の背景に、若いサッカー選手たち(彼から見ればサッカー選手はみんな若い)に対する深い愛情があるのを感じるからだ。「日本のサッカーを日本化させる」という日本代表監督就任時の言葉には、「(フィジカルが弱いと言われる)日本人でも十分に世界に対抗できるんだよ」という思いやりあふれるメッセージがある。

 さて、ことしの日本のサッカーで「プレーヤーズファースト」の精神に最も反しているのは我那覇和樹選手(川崎フロンターレ)をめぐる事件ではないだろうか。4月、我那覇選手は風邪で38・5度もの熱があり食事もできない状態ながら、激しいレギュラー争いのために練習に参加し、練習後、チームドクターから点滴治療を受けてようやく帰宅した。それが「ドーピング規定違反」とされ、6試合もの出場停止処分を受けた。
 当初は「にんにく注射」などと報道されたが、明白な誤報だった。後藤秀隆医師が施したのは、プロサッカー選手の健康を預かるチームドクターとしての純然とした、そして当然の医療行為だった。それが不条理な裁定につながったのは、世界アンチドーピング機構(WADA)規定の運用間違いが裁いた側にあったことが原因だった。

 Jリーグから罰金1000万円の制裁を受けた川崎は、我那覇選手ともどもこの問題を「終わったこと」と表明していた。しかし今月になって後藤医師が日本スポーツ仲裁機構に仲裁の申し立てをしたことでまた事態が動き出した。何より重要なのは、我那覇選手自身がクラブに「仲裁申し立てに加わってほしい」という意思を示したことだ。
 「家族にもサポーターにも胸を張って生きていけるように」と、我那覇選手はその意図を語る。しかし川崎はあらためて「Jリーグの処分に従う」という方針を示した。
 川崎は今季のJリーグで最も「成長した」クラブだと私は思っている。ホームタウンの人びとの心のなかにしっかりと根をおろし、ホームタウンの不可欠なメンバーと認知されたように感じられたからだ。それはサポーターの増加、そしてスタジアムの雰囲気の変化となって表れている。しかしここで後藤医師を見捨て、我那覇選手の気持ちをふみにじるならサポーターはどう思うだろうか。

 Jリーグの制裁決定後も後藤医師にチームを任せ、今回も「(もし仲裁でも違反と判定されたら)我那覇選手に追加処分が下される」恐れから仲裁申し立てに加わらないと表明していることから、川崎がJリーグの処分を完全に納得しているわけでないことは読んで取れる。であれば川崎は行動を起こすべきだ。それが本当の「プレーヤーズファースト」の考え方ではないか。
 我那覇選手と後藤医師だけの問題ではない。これは、川崎フロンターレというクラブの正念場に違いない。
 
(2007年11月21日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

アーカイブ

1993年の記事

→4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1994年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1995年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1996年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1997年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1998年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

1999年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2000年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2001年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2002年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2003年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2004年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →9月 →10月 →11月 →12月

2005年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2006年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2007年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2008年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2009年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2010年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2011年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2012年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2013年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2014年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2015年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2016年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2017年の記事

→1月 →2月 →3月 →4月 →5月 →6月 →7月 →8月 →9月 →10月 →11月 →12月

2018年の記事

→1月 →2月 →3月