サッカーの話をしよう

No.650 エゴかチームプレーか

 「中村憲剛のようなクオリティーの選手が、近くにフリーの選手がいたのに自分でシュートして外した」
 6月1日に静岡で行われたキリンカップのモンテネグロ戦後の記者会見で、日本代表のイビチャ・オシム監督は「いい時間帯もあったが、個人プレーに走る選手がいるのは問題だ」と強調した。一例として出したのが、2−0で迎えた後半9分のMF中村憲のプレーだった。
 相手陣深く、右サイドでパスをつないで起点をつくり、DF駒野が中央へドリブルではいって横パスを送る。それをFW高原がスルーすると、ゴール正面で中村憲がフリーとなった。あわてて寄せてくる相手DF。中村憲の左から上がってくるMF山岸は完全なフリーだ。しかし中村憲は、二歩、三歩とボールをもつと、強引にシュートを打った。相手に詰められ、余裕がなかったシュートは、右上に外れた。これを、オシム監督は「目立ちたい一心のプレー」と断じたのだ。

 たしかに左の山岸に出していれば、もっとフリーでシュートが打てたかもしれない。あるいは山岸からの強く低いクロスが中央に飛び込む味方に合ったかもしれない。しかし中村憲自身は、相手DFの体勢から山岸へのパスをカットしようと狙っていると感じ、瞬時に自らのシュートを決断したのではないだろうか。
 「サッカーに正解はない」とは、日本代表や横浜FMなどの監督を務めた岡田武史氏の口ぐせだ。ある瞬間に、何かの決断を下し、実行に移さなければならない。別の道を試してみることはできない。監督や選手にできるのは、経験をもとに決断を下したら、あとは自らを信じて実行することだけだ----。
 試合を見ていて、明らかに「エゴ」と感じるプレーもある。チームの勝利のためのプレーではなく、自分自身の満足のためのプレーである。しかしこのときの中村憲は、明らかな「エゴ」とは感じられなかった。

 「たとえば1点をリードされている状況だったら、同じプレーをしただろうか」と、オシム監督は判断の基準を示した。たしかにひとつの指針にはなる。しかし中村憲の判断が私の想像どおりだったとすると、リードされている状況だからこそ、同じプレーをしたかもしれない。
 モンテネグロ戦の後半、日本のリズムが崩れたのは、チーム全体に「自分のいいところを見せよう」という雰囲気が広がり、プレーが少しずつ遅くなったためだった。オシム監督はそうした雰囲気を危惧し、チーム全体に強く警告を与えるために、彼が最も信頼する選手のひとりである中村憲のプレーをあえて挙げたのだろう。
 サッカーに「正解」はない。しかし「間違った判断」はある。それがいくつも積み重なっていったら、チームは大きな打撃を受ける。オシム監督の警告をチーム全体でしっかり感じ取れたら、日本代表はひとつ前進できるはずだ。
 
(2007年6月6日)
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