サッカーの話をしよう

No.624 電光広告看板の禁止を

 11月3日のJリーグ・ナビスコ杯決勝戦に興味深いものが登場した。ピッチの周囲に設置された広告看板だ。両方のゴールラインの背後に置かれた広告看板の一部が、「電光式」になっていたのだ。発光ダイオード(LED)の電球を並べ、どんな色の文字やマークも表示でき、さらにそれを動かすことができるという、最先端の広告看板である。
 ナビスコ杯決勝で使用されたのは、高さ80センチ、幅17・6メートルのもの。この試合ではメインスポンサーの賞品ロゴが繰り返し流されていただけだったが、当然のことながら動画も表現できる。いわば、極端に横長な大型映像装置がピッチの横に置かれていると思えばよい。
 結論から言えば、私は、こうした「電光広告看板」を禁止すべきだという考えだ。なぜか----。

 サッカーのピッチの周囲に広告看板を置くようになったのは1970年代からのことだ。それまでもスタジアムの壁などに常設の広告はあった。だがこうした広告が観客に見せることを目的にしたものであるのに対し、ピッチ周囲の広告看板はテレビ視聴者をターゲットにしたものだった。当然、試合のときだけピッチの周囲に置かれる広告看板は、従来の「スタジアム広告」とは桁違いの広告収入を生み出すことになった。
 主催者が留意したのは、広告看板が観戦の妨げにならないようにということだった。スタンドの前列に座る観客が選手の足元やボールを広告看板によって見ることができなくなったら「詐欺」に等しい。設置にあたって、タッチラインからの距離や看板そのものの高さが慎重に検討された。

 1枚の板に書かれていた広告が試合の最中に「変わる」ようになったのは1980年代のこと。機械を使って細長い三角柱をいっせいに回し、1個の広告看板で3種類の広告を掲出できるという画期的なシステムだった。90年代になると、ロール型の広告看板が登場する。広告をロール布にプリントし、「看板機」に内蔵されたモーターで次つぎと掲出していくのだ。ナビスコ杯決勝でも、バックスタンド側のタッチライン外に置かれていたのはこのタイプだった。
 さて、私の感覚では、「これが限界」である。動く看板は動くことによって注意を引くことを狙いとしたものだ。しかしこれが頻繁になると、肝心の試合への集中を妨げられることになる。
 数年前にスペインで使われ始めた「電光式看板」では、常に絵が動き、しかも動画も使われるようになった。ロベルトカルロス(レアル・マドリード)が疾走して相手を抜きにかかるという最もスリリングな場面で、その背景にフォードの自動車が走るVTRが出たりするのだ。サッカー観戦のじゃまになることおびただしい。

 映画を見に行って、画面の上隅に常に広告が流されていたら、観客は皆、席を立ってしまうだろう。しかしサッカーでは、それが堂々とまかり通っている。
 Jリーグでは、浦和レッズが今季、電光広告看板を使っている。ただし、チーム現場からの要望を反映し、選手の視線にはいらないよう、ゴール裏に設置した広告看板の背後に置かれている。しかしもちろん、観客の目には、いやでも飛び込んでくる。
 スポンサー収入はいまやプロスポーツの最大の財源だ。しかしだからと言ってスタジアムに足を運んでくれるファンをないがしろにしていいわけがない。誰が、ファンから見放されたクラブのスポンサーになるだろうか。誰が、がらがらのスタンジアムの試合中継をしたいと思うだろうか。
 スタジアムに来てくれるファンこそ、プロにとっての「生命線」ではないか。快適な観戦を妨げる電光広告看板を禁止にすべき理由はそこにある。
 
(2006年11月8日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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