サッカーの話をしよう

No.613 FC東京の変身

 自ら変わることで苦境から脱出しようと、なりふりかまわず努力する姿は美しい。8月19日、FC東京が見せた戦いは、まさにそうした姿だった。
 JFL時代からの熱烈なサポーターをもち、優勝争いに加わることを期待されながら不安定な戦いを繰り返してきたF東京。今季は、クラブ史上初めての外国人監督、アレシャンドレ・ガーロ(ブラジル)を迎え、そうした状況からの脱却を図った。
 しかしうまくは進まなかった。ガーロ監督は、しっかりとした守備からスタートしようと徹底したマンマークを命じた。「チーム立て直し」の常道ともいえる手法だ。一時は成果も出た。だが4月中旬から迷路にはいってしまった。8月12日に浦和に0−4で完敗したところでクラブは決断を下し、15日、ガーロ監督を解任し、U−18(ユース)チームの監督をしていた倉又寿雄を新監督に据えることにした。

 倉又新監督は47歳。80年代後半にスピードあふれる攻撃的なサイドバックとして日本鋼管の3季連続リーグ準優勝に貢献した人だ。95年にF東京の前身である東京ガスのコーチとなり、99年から昨年まではトップチームのヘッドコーチを務めていた。いわばチームのすべてを知っている人で、適任だった。
 次の試合まで準備期間は4日間しかなかった。しかも相手は「走る」ジェフ千葉である。倉又新監督は、「攻守の切り替えの速いサッカー」を目指し、それを実現できるコンディションにある選手でチームを組んだ。

 スタートは悲惨だった。意気込んで試合にはいったF東京の選手たちだったが、気がついたときにはスコアは0−2になっていた。キックオフしてからまだ7分間しかたっていなかった。
 しかし倉又監督が信じて送り出した11人は下を向かなかった。何も失うものはないと、4日間練習してきたことをピッチ上で表現することだけに集中して動き始めたのだ。
 それからの80数分間で起きたことは、現代のサッカーでは稀な「ロマン」だった。前半16分にFWルーカスのゴールで1点を返すと、後半17分にはMF梶山のがんばりから新人FWの赤嶺がゴール前で驚異的な粘りを見せて同点ゴールをけり込んだ。さらにその7分後には、1年間の負傷離脱からちょうど1カ月前に復帰したばかりのMF石川が逆転のゴールを決めた。
 F東京の選手たちのがんばりは尋常ではなかった。千葉が得意のフリーランニングでスペースをつくり、次の選手が走り込んでパスを受けようとしても、そこにはF東京の白いユニホームが群がるように集まり、次の展開を妨害した。千葉のリズムは崩れ、奪ったボールから再びF東京の情熱的な攻撃が始まった。

 日本代表に4人も送り込んでいる千葉も意地を見せた。後半39分、日本代表のMF羽生が右から鮮やかなシュートを見せ、試合を3−3の振り出しに戻す。だが手中にしかけていた勝利が消えたはずなのに、倉又監督の表情には落胆の色は浮かばなかった。
 選手たちも同じだった。3−3のまま迎えたロスタイム、右からDF徳永が攻め込み、シュートのような低いクロス。千葉のDF2人がニアポスト前にいたが、速いボールに対応できない。そこにはいってきたのが、交代出場のMF阿部だった。右足できれいにミートすると、ボールはゴールに突き刺さった。
 4−3の大逆転勝利は、チームに何をもたらすだろうか。「やればできる」という自信だろうか。倉又新監督への信頼だろうか。
 間違いなく言えるのは、この1試合でF東京は生まれ変わったということだ。チームがこんなに短期間で大きな変身ができることに、強く勇気づけられる思いがした。
 
(2006年8月23日)
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