サッカーの話をしよう

No.612 ゴールネットの色

 ワールドカップ後、初めて埼玉スタジアムに取材に行ったら、ゴールネットの色が変わっているのに驚いた。以前は真っ白だったネットが、赤と白のツートンカラーになっていたのだ。
 サッカーのルール(競技規則)には、ゴールネットに関する規定はない。ルールブックに付録としてついている「質問と回答」にも、「(ゴールネットは)義務付けられていない。しかし、可能な限り取り付けることが奨められる。また競技会規則によって必要とされる場合もある」とあるだけだ。Jリーグの「試合実施要項」にもゴールネットに関する記載は一切ない。
 しかしそれでも、ゴールネットは絶対に必要なものだ。審判団は試合前にピッチを一周していろいろなチェックをするが、最も念入りに調べるのがゴールネットの張り方だ。ネットを張っていないゴールを使っての試合など、審判は絶対に認めないだろう。

 しかし規定がないから、素材も大きさもデザインもまったく自由。赤と白のツートンカラーにしようと、誰にも文句を言われる筋合いはない。実際、ヨーロッパのスタジアムでは、ホームクラブのクラブカラーのネットを使うのは、ごく当たり前のことだ。
 Jリーグが始まる前には、日本のスタジアムのゴールネットはほとんど黒だった。汚れが目立たないという理由だったのだろう。それがいっせいに白になったきっかけは、ジーコの「鶴の一声」だった。
 「サッカーというのは、あのゴールにボールを入れることを目指す競技だ。だからゴールポストだけでなく、ネットも真っ白にして、目立つように、いつも意識が行くようにしなければならない」
 Jリーグ開幕に向けて準備していた各競技場は、こぞって白いネットに買い換えた。

 さて、ジーコの提言でネットが白くなってから、日本選手たちのゴールへの意識は高くなっただろうか。先日のワールドカップを見ていると、まだまだ足りないように思える。オーストラリア戦でシュートがわずか6本だった反省を踏まえ、クロアチア戦では中田英、小笠原らのMF陣が積極的にミドルシュートを打ったが、ゴールを脅かすようなものはほとんどなかった。ほとんどがゴールの中央に飛び、相手GKにやすやすとキャッチされていた。
 それを見ていたある友人がこう言った。
 「白ではなく、白と黒のネットが必要だった」
 ジーコの指摘はサッカーの本質をついていが、サイドネットだけを白くして、正面のネットは黒いままにしておいたら、完璧だったと言うのだ。そうすれば、サイドネットに意識が行き、自然にそこを狙うようになる。さらにサイドネットも、白くするのは内面だけで、外から見える面は黒にすれば、シュートするプレーヤーからは常に逆サイドのネットだけが目に飛び込むことになる。

 もちろん、サイドネットに送られたシュートだけがゴールにつながるわけではない。GKの動きを見て逆をつくことも必要だし、特別な変化をつけるキックの技術も身につけなければならない。ゴールが決まる割合は、そうしたシュートのほうが多いかもしれない。しかしサイドネットに送り込むという意識が高まれば、それも得点力向上の大きな力になる。
 シュートを決める重要な要素は「イメージ」だ。どこからどうけったらどういうボールが飛び、GKの取れないところに決まるか----。そのイメージに自分の技術を合わせていくのが、「シュート練習」というものだろう。
 どの年代も、シュート力、得点力に大きな課題がある日本のサッカー。「白黒のゴールネット」だけでなく、イメージをかきたてるためのいろいろな工夫が必要だ。
 
(2006年8月16日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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