サッカーの話をしよう

No.598 クイックリスタート

 「クイック・リスタート」がJリーグで増えている。
 3月18日、第3節の横浜FM対C大阪。時計はキックオフから1分を回ったばかりだった。横浜陣の中盤左サイドにC大阪がボールをもち込んだとき、主審の笛が鋭く鳴った。横浜DF松田の反則、フリーキック(FK)だ。
 C大阪のMF下村がボールを押さえ、すっと背を伸ばすと、そのままワンステップで左前方にパスを送った。うっかりしているとFKがあったことさえ気づかないような、すばやいキックだ。
 タッチライン際でパスを受けたのはMFゼカルロス。ワンストップすると、得意の左足でカーブをかけ、低く強いボールをゴール前に送った。そのボールは、ゴール前の横浜DFに向かって飛ぶように見えた。しかしその背後からC大阪の小柄な選手出てきて体を前に投げ出しながらヘディング、見事なシュートがゴール右隅に決まった。得点者はFW森島だった。

 ボールがタッチラインやゴールラインを出たり、主審が笛を吹いてプレーを止めると、「アウトオブプレー」の状態になる。それを「インプレー」に戻す行為を総称して「リスタート」と呼んでいる。スローイン、コーナーキック、ゴールキック、失点後のキックオフなどが含まれるが、最もバリエーションに富んだリスタートがFKだ。
 相手陣のFKで最も一般的なのが、ゴール前にボールを入れて長身の選手にヘディングでゴールを狙わせる方法だ。笛が吹かれると、正確なキックを誇るキッカー(試合前に監督から指名されている)がおもむろにボールに歩み寄り、ボールをセットし、一歩下がってキックする。
 しかしこの方法から直接得点が生まれる確率は予想外に低い。日本代表のことしにはいってからの4試合のデータを見ると、総計70本のFKのうち約半数の34本が相手陣でのもので、そのうちの10本がこうしてゴール前に送られた。しかしそこから生まれた得点はゼロ。CKからの得点(20本で3ゴール)と比べると非常に効率が悪いことがわかる。

 これに対し、できるだけ攻撃の流れを断ち切らず、すばやく行うFKがある。
 主審の笛でプレーがストップされると、守備側はポジションやマークの確認などでどうしてもボールへの集中がおろそかになる。主審に向かって反則ではないと抗議するのに一生懸命な選手も珍しくない。味方の抗議に気を取られている選手もいる。
 攻撃側の数人の選手が相手チームのこうした状態を見抜き、すばやくプレーを始めたら、大きな効果を生む。横浜FM戦のC大阪の先制点が、その好例だ。
 FKは主審の笛を待つ必要はない。反則があった地点にボールを静止させさえすれば、相手が近くにいようと、すぐに始めてよい。こうした「クイック・リスタート」が頻繁に使われると、試合はスピードアップし、スリリングになる。同時に、反則した選手が主審に文句を言っている暇などなくなるから、試合はずっとクリーンな印象になる。

 私の記憶によれば、日本で最初にこうしたクイック・リスタートを多用し、重要な攻撃戦術のひとつにしたのは、80年代後半の読売クラブ(現在の東京Ⅴ)だった。与那城やラモスといったブラジル出身の攻撃陣が使い、大きな効果を生んだ。
 しかしJリーグ時代になると、キックに自信を持つ選手が増えたおかげか、時間をかけて行うFKが圧倒的に多くなった。FKのたびに20秒、30秒とプレーが中断していたら、試合のスピード感も大きく損なわれる。
 ゴール前の長身選手に合わせるFKがあってもいい。しかし「クイック・リスタート」を増やせば、得点が増えるだけでなく、気持ちのいい試合になり、しかもリーグ全体のレベルアップにも貢献する。
 
(2006年3月29日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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