サッカーの話をしよう

No.588 若さの天皇杯

 短時間だったが、ピッチ上には5人もの「19歳」が立っていた。
 元日の天皇杯決勝戦。後半20分に浦和がMF赤星貴文を投入すると、22人の選手中5人もが高校を卒業して1年目の「新人」で占められることになった。それ以上に驚いたのは、データを見なければそんなことに気づかないほど、彼らのプレーが堂々としていたことだ。
 浦和のDF細貝萌は群馬県の前橋育英高卒業。高校時代はボランチとして活躍、今季のJリーグでは3試合、MFとして交代出場した。しかし天皇杯の準々決勝を前にDFが足りなくなると、DFラインの右サイドで起用され、決勝戦までフル出場を果たした。初めてのポジションであるにもかかわらず、試合ごとに守備も落ち着き、優勝の大きな原動力となった。

 清水のDF青山直晃は前橋育英高でこの細貝とチームメートだった。清水FCユース出身のMF枝村匠馬とともにチームがJ1残留争いで苦しんでいたリーグ終盤から起用され、「逃げ切り」の大きな力になった。
 長身の青山はクロアチア代表の経歴をもつ浦和のFWマリッチをよくマークし、ヘディングではほとんどの場面で勝っていた。枝村はボランチの位置から積極的に飛び出して攻撃をサポートした。ともに10月からレギュラーとしてプレーしてきた自信と落ち着きが感じられた。
 清水のFW岡崎慎司(兵庫県の滝川二高卒業)は、この試合がプロ入りしてから初めての先発だった。しかし長身の韓国代表FWチョジェジンと2トップを組み、あるときにはチョをおとりに使ってチャンスをつくるなど、初舞台とは思えないプレーでフル出場を果たした。
 浦和のMF赤星は静岡県の藤枝東高卒業。交代で攻撃的MFにはいると、見事なテクニックで攻撃を切り開いた。試合を決めた浦和の2点目は、ブラジル人MFポンテからパスを受けた赤星がワンタッチでデリケートなリターンパスを送り、ポンテを突破させたところから生まれた。

 天皇杯の決勝戦という重要な舞台にこれほど多くの新人が活躍したことには理由がある。残念ながらこの大会が、現状では、Jリーグの「ポストシーズン・トーナメント」になってしまっていることだ。40試合を超す戦いでチームは疲弊しきっており、負傷者、故障者も多い。各選手に対し、11月中に翌年の契約条件が提示されており、すでに査定が終わっていてモチベーションを保つのも難しい。
 一方、高校を出たばかりの新人は、「プロ入り1年目は基礎体力づくり」と割り切って地道にトレーニングしてきているから、この時期には逆に元気いっぱいだ。試合に出場する機会は少なくても、毎日の練習のなかでベテランのプロに交じってボールを追い、競り合いを繰り返すなかで、知らず知らずにプレーの速さや当たりにも慣れている。使うタイミングと与える役割が適当なら、この5人のように力を発揮できる選手はもっとたくさんいるはずだ。

 今回の天皇杯は、FIFAクラブワールドチャンピオンシップの影響で日程が圧縮され、準々決勝以降の3試合がわずか8日間に集中してしまった。その結果疲労がたまり、決勝戦は少し寂しい内容だった。5試合連続得点してブッフバルト監督が「彼の大会だった」と称賛した浦和のマリッチの得点力は見事だったが、それ以外には見どころの少ない大会になってしまった。
 そうしたなかで、高校を出て1年目の選手がこれほどたくさん大舞台に登場し、堂々たるプレーを見せたのは、大きな救いだったし、うれしい驚きだった。彼ら5人にとどまらず、若い選手たちが新しい年のJリーグを活気づかせ、牽引車役を果たしてくれることを期待したい。
 
(2006年1月4日)
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