サッカーの話をしよう

No.574 なぜ再試合が決定されたのか

 吉田寿光主審の「ルール適用間違い」があった9月3日のウズベキスタン対バーレーンの試合結果を、なぜ国際サッカー連盟(FIFA)は無効とし、再試合を命じたのか。その話にはいる前に、先週の記事の後に読者から届いた一通の投書について触れたい。
 今回の事件の原因は、主審にミスがあっても副審が指摘できない日本の審判団の『甘え』にあるのではないか----。世田谷区の49歳の女性は、そう推察したという。今回の審判団は第4審判も含めてすべて日本人だった。
 この意見には一理ある。日本では、2002年に「スペシャルレフェリー(SR)」制度を導入した。実質的な審判のプロ化である。しかしその対象は主審だけで、副審は含まれていない。審判手当ても主審と副審には差があり、J1では、主審が1試合12万円なのに対し、副審はその半額にすぎない(SRなら主審手当ては1試合20万円)。
 これでは主審と副審は対等の関係にはなれない。ひいては、主審のミスを副審が指摘する土壌も生まれない。手当てを同額にし、同時に、優秀な副審にはSRへの道を用意するべきだと、私は思う。

 さて、FIFAの決定である。これまでFIFAは、明白な誤審があっても試合の結果をそのまま認めてきた。ルール第5条に「プレーに関する事実についての主審の決定は最終である」と明記されており、さらに国際評議会の決定事項3として「プレーに関する事実には、得点がなされた否か、および試合結果が含まれる」とある。
 マラドーナの有名な「神の手」事件(86年ワールドカップ、手でゴールを決めた)のときにも、そのゴールと、それによってもたらされた結果(アルゼンチン2−1イングランド)をそのまま有効とした。重大な誤審による再試合を認めたドイツのリーグに対し、FIFAが「ルール違反だ」と厳しい警告を出したこともあった。

 では、「ルール適用の間違い」は「誤審」ではないのか。両者に本質的な差があるのか。私には決定的な違いだとは思えない。もし買収されるなどで審判が意図的に判定を曲げたというのなら、試合結果を無効とするのは当然の処置だ。しかしそうした判断を踏まえての再試合決定ではない。
 この決定を下したFIFAワールドカップ委員会の緊急委員会は、ヨハンソン委員長(スウェーデン)を中心に13人で構成されているが、9月5日月曜日、ウズベキスタンの抗議を検討するために集まったのは、ヨハンソン委員長のほか、グロンドナ副委員長(アルゼンチン)、鄭夢準委員(韓国)とリンジーFIFA事務総長(スイス)の計4人だった。すでに、第2戦は2日後に迫っており、早急に結論を出す必要があった。
 1−0というスコアが微妙だった。第1戦の結果が1−0と2−0では、第2戦の戦い方が変わってくる。第2戦の結果を見てから第1戦の扱いを決めるようなことになったら、事態はさらに紛糾する。

 しかし何よりも4人の頭脳をよぎったのは、「10月がある」という点ではなかったか。アジアのプレーオフ勝利チーム(アジア5位)は、11月に北中米カリブ海地域の4位チームと対戦する。決定が10月になっても問題はないはずだ。しかも10月には、8日、12日と、公式国際試合デーがある...。そうした場当たり的で安易な決定だったのではないか。
 ワールドカップの1次リーグ最終日に同じことが起こっても、再試合を行うのだろうか。ありえないと私は思う。日程的に無理だからだ。すなわち、今回の再試合は、今後の「前例」とすることのできない、極めて特殊なケースといえる。それは、間違いなく将来のトラブルの元になる。
 今回の事件は、審判に対する処置を別にすれば、1−0のまま試合を成立させ、予定どおり9月7日に第2戦を実施させるべきだった。私はそう考える。
 
(2005年9月21日)
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