サッカーの話をしよう

No.539 大久保にうれしい変化?

 セレッソ大阪からスペインのマジョルカへ移籍したばかりの大久保嘉人がデビュー戦でフル出場し、1得点1アシスト、チームに貴重な勝ち点をもたらす活躍を見せた。
 0−0で迎えたディポルティボ・ラコルーニャとのホームゲームでの後半、1点をリードされると、7分後に右から正確なクロスを入れてFWルイス・ガルシアにアシスト、その5分後に勝ち越し点を許したが、わずか2分後に自らヘディングシュートを決めて再び同点に追いついた。
 右からカンパノがクロスを入れたとき、相手ゴール前にはGKと2人のDFがいた。マジョルカは2人に挟まれるように大久保がひとり。しかしボールにいち早く反応し、落下地点に走ったのが大久保だった。簡単なシュートではなかった。ファーポスト側へ背走しながらのヘディング。飛び出してくるGKにもひるまずに放ったシュートがゴール右に吸い込まれた。才能だけでなく勇敢さも示し、本当に見事なゴールだった。

 国見高校時代から輝いていた才能は、2003年に日本代表のジーコ監督から「日本の将来を担うタレント」と高い評価を受け、アテネ・オリンピック世代では誰よりも早くA代表に引き上げられた。しかしなかなか力を発揮できず、オリンピック出場による離脱もあって、昨年はA代表での出場はほとんどないまま終わっていた。
 スペインでのデビュー戦、大久保は驚くほど伸び伸びとプレーしていた。初得点を上げられず、あふれるような意欲が空回りしていた日本代表でのゲームより、何倍もリラックスしていたように見えたのは不思議だった。それでいて意欲に欠けていたわけでも、周囲に遠慮していたわけでもない。いつものように自信をもってボールをキープし、相手を抜きにかかっていた。

 マジョルカ入りしてまだ3週間。スペイン語でのコミュニケーションができるわけではない。しかし大久保は、自然に、まるで何年も前からそこにいる選手のようにチームに加わり、他の選手たちとパスを交換していた。
 厳しいことで知られるクペル監督が、「やる気がある」と評価しているという。ピッチの中でも外でも前向きに取り組んでいる姿勢が、本来もっている技術などサッカーの能力を素直に認めさせる要因になったのだろう。
 昨年夏に京都サンガからフランス2部のルマンに移籍した「アテネ世代」のMF松井大輔も、完全にチームに溶け込み、周囲から認められ、かわいがられているという。ヨーロッパに出ていっては「コミュニケーション」で苦労した先輩たちに比べると、若い年代の選手たちは、これまで日本選手に欠けていると言われてきた資質を身につけつつあるのだろうか。

 ところで大久保は、このデビュー戦で右ひざに強い打撲と裂傷を負い、全治10日間の負傷だという。前半5分、抜いて出ようとしたところに、ボールをクリアしようとした相手選手のスパイクが当たったものだった。ピッチ横で医療用ホチキスの治療を受け、テープで巻いてその後の85分間をプレーした。そんなひどい状態であることなど表情にも出さずにプレーを続け、チームに貢献できたのは、本当にたいしたものだ。
 気になったのは、日本にいたころと変わらず、ストッキングを下げてプレーしていたことだ。負傷の原因になったわけではないが、激しいスペイン・リーグであのスタイルを続けていたら、活躍すればするほど、相手DFから狙われるのは必至だ。
 最高のデビューだった。しかし本当の勝負はこれからだ。あらゆる面で一歩も二歩も成長し、日本人選手がはね返され続けてきたスペインで成功を収めてほしいと思う。
 
(2005年1月12日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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