サッカーの話をしよう

No.534 トヨタカップから学んだもの

 四半世紀続いた大会が最終回を迎える。12日に横浜で行われるトヨタカップ。ことしの第25回大会、FCポルト(ポルトガル)対オンセ・カルダス(コロンビア)でその歴史に幕を引く。
 国際サッカー連盟(FIFA)は、6大陸のチャンピオンを集めて2000年に第1回大会を開催しながらその後頓挫していた「クラブ世界選手権」を、来年12月から本格的にスタートさせる。それに伴って、ヨーロッパと南米のクラブ・チャンピオン同士の対戦として1960年に始まり、80年度からは中立地・日本での1回戦制による「トヨタカップ」となって「クラブ世界一」を決めてきた大会は役割を終えることになった。
 トヨタカップの第1回大会は81年の2月11日。イングランドのノッティンガム・フォレストとウルグアイのナシオナルの対戦だった。当時世界で最も勢いのあったストライカー、ビクトリーノのゴールで、ナシオナルが1−0の勝利を収めた。

 当時の日本のサッカーは今日とはずいぶん違う。メキシコ・オリンピックから12年、Jリーグ開始まで12年。日本リーグの人気は「なべ底」状態で、日本代表は信じ難いほど弱かった。日本のサッカーは、かろうじて高校サッカーの人気に支えられていた時代だった。
 そうした時代に世界レベルのサッカーを毎年1試合だけでも見ることができたのは、日本のサッカーにとって望外の幸せだった。トヨタカップはたちまちにして日本中のファンの心をつかんだ。第2回大会からは毎年12月に固定され、人びとは毎年この大会を心待ちにするようになった。

 私自身、第1回から87年の第8回大会まで大会の公式プログラムの制作にたずさわった。82年からは出場クラブの取材でヨーロッパと南米を往復した。ワールドカップの取材からも得るものは多かったが、トヨタカップのための取材で世界的な強豪クラブとそのホームタウンをじっくり観察できたことは、人びとの生活にサッカーがどのように根づいているかを理解するうえでこの上ない経験となった。
 トヨタカップ出場クラブは、当然のことながら、どこも成功したクラブだった。しかしサッカーの成功は、単に監督の頭脳や選手たちの才能や汗でもたらされたものでないことを知った。根源的な力はクラブ経営の成功だった。
 あるクラブの会長は、危機に瀕していたクラブ財政を立て直すために就任以来何をしてきたか、こと細かく語ってくれた。クラブ施設を充実して会員を倍増させ、チーム強化に資金を投じてファンを喜ばせ、その国の3番手の勢力というポジションから一挙にヨーロッパ・チャンピオンに仕立て上げてしまったのだ。

 クラブの財政を豊かにするためにカジノまでつくった。極めつけは、陸上競技型だったスタジアムを7メートルも掘り下げ、観客数を2万人も増やすと同時にサッカー専用にしたことだった。「21世紀のスポーツクラブ」というテーマを、卓抜したアイデアと実行力で追い求める姿は、強く印象に残った。
 そのクラブこそ、ことし最後のトヨタカップに来日するFCポルトである。トヨタカップが始まった81年に47歳で就任して大改革を成功させたピント・ダ・コスタ会長は、70歳にしていまも元気にクラブを率いている。
 2002年ワールドカップを経てサッカーが国民生活に溶け込み、Jリーグのクラブが各地に根づいて12回目のシーズンを終えつつある現在、トヨタカップの存在意義は、あの当時のように大きなものではなくなった。日本のサッカー史に大きな足跡を残したトヨタカップは、その歴史的役割を終え、いま静かに最後のキックオフを待っている。
 
(2004年12月1日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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