サッカーの話をしよう

No.530 近づいた浦和の夢

 エメルソンの右足から放たれたボールが不思議な弧を描いて舞い上がった。息を呑むスタンド。一瞬後、ボールを吸い込んだゴールネットが揺れた。「浦和の夢」が大きく近づいた瞬間だった。
 「サッカーの広告のような試合だった。両チームとも攻撃的で、積極的に得点を狙いにいった」と、浦和のブッフバルト監督が語ったハイレベルな攻防の前半。しかし後半は一転して、「浦和の強さを見せつけられた」(鹿島・トニーニョ・セレーゾ監督)試合となった。
 先週土曜日、鹿嶋で行われた鹿島アントラーズ対浦和レッズは、Jリーグ第2ステージのタイトルの行方を大きく浦和に傾かせる結果となった。後半39分のエメルソンの決勝点で3−2の勝利を収めた浦和は、2位に勝ち点5差をつけ、優勝に向かって大きく前進した。残り5節の対戦カードを見れば、この勝利で浦和優勝の可能性は非常に高くなったと言えるだろう。

 浦和は8月からの第2ステージで急に強くなったわけではない。シーズンの序盤こそ負けが込んだが、5月以降は25の公式戦で実に18勝4分け3敗という抜群の成績を残しているのだ。6月から9月にかけては公式戦で9連勝。うち6試合は1点差勝ちという勝負強さも見せた。
 5月からの急上昇は、今季前にサンフレッチェ広島から獲得したDF田中マルクス闘莉王の、オリンピック予選での負傷からの復帰と符合する。エメルソン、永井雄一郎、田中達也とそろったFW陣の得点力は昨年から定評があった。今季の好成績は、守備陣強化の成果なのだ。
 ロシア代表のDFニキフォロフの負傷からの回復が思わしくないと見ると、7月はじめに韓国の仁川からトルコ代表DFアルパイを補強し、さらに日本代表DFの坪井慶介が代表の試合で故障すると、ためらうことなく8月にブラジル代表DFのネネを獲得した。万全の守備陣を築いたことがそのまま成績に反映されているのが今季の浦和だ。

 昨年浦和に初めてのタイトル、ナビスコ杯優勝をもたらしたオフト監督との契約を更新せず、かつて浦和の守備のリーダーだったブッフバルトを監督として呼び戻した。何が何でも優勝するという姿勢は、シーズン前の補強に明確に表れていた。
 代表クラスの日本人選手の補強は闘莉王ひとりにとどまらなかった。清水からMF三都主アレサンドロ、名古屋からMF酒井友之...。9月にMF山瀬功治と長谷部誠が相次いで負傷しても、厚い選手層を生かして乗り切った。
 これほどの大型補強が可能になったのは、けっして大金持ちの「パトロン」がいるからではない。いや、「パトロン」はいる。地域のファン、サポーターだ。入場料収入、グッズ売り上げはJリーグでも群を抜く。関心が集まるから、スポンサーからの収入も増える。今季これまでの12のホームゲームで平均3万6044人という驚異的な観衆の多さ、地域からの熱烈なサポートこそ、浦和がもつ最大の「財源」なのだ。

 地域との結びつきは一朝一夕で成されたものではない。十数年前から積み重ねてきた小さな努力の結晶である。常にファンの立場に立ち、試合を新鮮な思いで楽しんでもらおうという運営努力、思いが余って暴走を繰り返してきたサポーターたちとの密接な対話、地域に深くはいり込んだ営業努力...。チーム強化では失敗を繰り返してきた浦和だが、地域のファン、サポーターとの絆はどこよりも強く、そして広範にわたっている。
 そのファンが待ち望んだものの実現へと、いま、一歩一歩進んでいる。「浦和の夢」が近づいている。地域の力を結集して、Jリーグに新しいチャンピオンが生まれる。
 
(2004年10月27日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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