サッカーの話をしよう

No.527 マスカット

 濃い褐色のごつごつした岩山に囲まれた小さな町----マスカットには、そんな印象がある。
 来週、日本代表が2006年ワールドカップのアジア最終予選進出をかけてオマーン代表と戦う同国首都マスカット。97年のワールドカップ・アジア第1次予選でも同じ組にはいり、このときにはマスカットと東京で全試合の半分ずつを開催したため、1週間ほど滞在した。
 「まさかり」のような形をしたアラビア半島の「刃」の位置を占めるオマーンは、日本の4分の3にあたる約31万平方キロの国土に230万あまりの人びとが暮らす国だ。その歴史は古く、8世紀ごろから海洋国家として栄えた。

 「千夜一夜物語」で有名な船乗りシンドバットはマスカットの北西に位置する古都ソハールの人で、当時アラビア半島で最大といわれたこの港から各地に出航していったという。このころのオマーン人の活動範囲はアフリカの東海岸から中国の広州まで広がり、アフリカにはいくつもの植民都市をもっていた。
 現在は石油の国である。1960年代に内陸の砂漠地帯で石油が発見され、その輸出が始まると再び活気が生まれた。現国王スルタン・カブースは、社会基盤を整備し、産業を振興するとともに、国民の教育に力を入れ、石油が枯渇した後にもオマーンが繁栄していく基礎をつくろうと努力を続けている。
 その努力のひとつがスポーツの振興であることは間違いない。今回の試合が行われるスルタン・カブース・スポーツコンプレックスはマスカットの西の郊外にあり、3万人収容の美しい施設だ。

 7年前の3月、マスカットを初めて訪れたときには、「人びとが穏やか」という印象を受けた。一般にアラビア半島のアラビア人は誇り高く、他の民族を見下したような態度をとることが多いが、この国ではそうした人にはあまり出会わなかった。オマーンの人びとは人当たりが柔らかく、笑顔もよく見せた。
 しかしそうした人びとが、サッカーになると目の色が変わる。ことしのアジアカップで証明されたように、ここ数年、アラビア半島諸国のサッカーの伸びはすさまじい。カタール、バーレーン、ヨルダンなどが急激に力をつけ、サウジアラビア、クウェートといった伝統国に迫っている。オマーンもそのひとつだ。
 97年のワールドカップ・アジア第1次予選でも、オマーンとは1勝1分けだった。マスカットではDF小村徳男の得点で1−0の勝利を収めたが、東京ではMF中田英寿のゴールで先制したものの、後半に追いつかれて1−1の引き分けに終わった。

 ことしの2月に埼玉スタジアムで行われたワールドカップ1次予選では、ロスタイムにFW久保竜彦が決めてようやく1−0の勝利。7月の重慶(中国)での対戦もMF中村俊輔のゴールで再び1−0で勝ったが、終始オマーンに攻勢を許し、薄氷の勝利だった。これまでも、楽な試合はひとつもなかった。
 7年前の1次予選ではマスカットのスタンドはがらがらだった。日本には、予選初戦の硬さはあっても、アウェーのプレッシャーはほとんどなかった。しかし今回は満員になるだろう。600席用意された日本人サポーター用の特別席は10リアル(約3000円)だが、その他の一般席は0・5リアル(約150円)で販売されるという。満員の声援でオマーン・チームを奮い立たせ、日本を圧倒しようという意図は明白だ。
 今週土曜日、日本代表はマスカットに向け出発する。勝つか引き分けなら、来年の第2次予選への切符をもって帰ることができる。間違いなく、これはことしの日本サッカーで最も重要な試合だ。
 
(2004年10月6日)
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