サッカーの話をしよう

No.518 ギリシャの優勝

 「私たちには、失うものなど何もない」
 そう言い続けて1つひとつの試合を戦ってきたギリシャが、ヨーロッパ選手権(EURO2004)で初優勝を飾った。地元ポルトガルとの決勝戦は、最初から最後までギリシャらしいサッカーを貫き、後半12分にFWハリステアスが決めた1点で、ギリシャとヨーロッパのサッカー史に新しい1ページを書き加えた。
 正直なところ、6月12日の開幕戦を見るまで、私はギリシャを完全に見くびっていた。ギリシャを見るのは、実に10年ぶりのことだった。94年のワールドカップ・アメリカ大会では、個々の技術は優れているものの、時代遅れの戦術と、チームとしての完成度の低さばかり目立った。間違いなく、あのワールドカップに出場した24チーム中、最もレベルが低かった。

 けっして「サッカー小国」というわけではない。むしろ、サッカーに対する熱狂ぶりで有名な国だ。しかしその情熱の大部分は、国内のクラブサッカーに向けられていた。首都アテネの3大クラブ、パナシナイコス、AEKアテネ、そしてオリンピアコスの対決が、この国のサッカーのすべてといっても過言でないほどだった。
 代表チームは、まったくと言っていいほど成果を上げていなかった。メジャーな選手権の決勝大会に出場するのは、80年ヨーロッパ選手権(イタリアで開催)、94年ワールドカップに続いて今回がわずか3回目。過去の2大会は、もちろんいずれも1次リーグで敗退し、6試合プレーして1分け5敗という成績だった。

 その状況を劇的に変えたのが、ドイツ人監督のオットー・レーハーゲルだった。ベルダー・ブレーメンをブンデスリーガの2部から引き上げ、チャンピオンにまでした名監督。奥寺康彦が、ブンデスリーガ在籍の9シーズンのうちの6シーズンをこのレーハーゲルの下で過ごし、厚い信頼を受けて活躍したことでも知られている。しかし代表チームの指揮を執るのは、ギリシャが初めての経験だった。
 レーハーゲルはギリシャ代表に何が足りないかをよく知っていた。チームプレーの欠如、そして代表チームでのプレーに対する消極性。2001年に就任すると、彼は情熱を込めて選手たちと接し、その基本的な態度を180度変えてしまったのだ。

 今大会の開幕戦でギリシャを見て感じたのは、11人の選手たちがチームの勝利のために自らの役割を徹底してこなそうとしている姿勢だった。フィーゴ、ルイ・コスタといったポルトガルのスターたちの餌食になるのではないかと予想していたのだが、彼らはチームの結束で見事にそれをはね返し、自分たちの特徴を生かした攻撃を繰り出して2−1の勝利をつかんだ。
 チームプレーの徹底という面でギリシャに比肩できたのは、今大会ではチェコぐらいだっただろう。フランス、オランダ、ポルトガルといった優勝候補たちが「代表チームではこれが限界」と言わんばかりに個人技主体のチームとなってしまったなかで、ひとつの意思を表現する集団としてプレーしたギリシャとチェコは傑出していた。
 ギリシャは、準々決勝以降の3試合をすべて1−0、しかも決勝点はすべてヘディングで決めて勝った。1対1の守備の場面での相手への寄せのスピード、ファウルをせずにスライディングしながらボールを奪う技術は、相手チームのスターたちから「マジック」を奪った。
 全員がチームの勝利だけを目指してプレーし、自分たちの特徴を生かしきったギリシャの優勝。ビッグチームが次つぎと消えてがっかりしたファンも少なくなっただろうが、私には、「サッカーが勝った」大会のように思えた。
 
(2004年7月7日)
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