サッカーの話をしよう

No.509 女子代表の戦いは続く

 キックオフから終了のホイッスルまで、感嘆のしどおしだった。こんなに立派なサッカーを見たのは、何年ぶりだろうか。
 日本女子代表が北朝鮮に勝った。幸運に助けられて勝ったのではない。攻撃でも守備でも、90分間、文句のつけようのないプレーをしての完勝だった。オリンピックの出場権がかかった試合で北朝鮮を3−0で破ったというのは、たとえていえば、男子代表がワールドカップ予選の最終プレーオフでイングランドを叩きのめしたようなものだ。
 24日、国立競技場には、3万1324人という大観衆が集まった。大声援がピッチ上の選手たちに力を与え、選手たちのプレーがスタンドを燃え上がらせた。その熱気と一体感は、男子代表がワールドカップ初出場に大手をかけた97年のジョホールバル(マレーシア)でのイラン戦を思い起こさせた。

 それにしても見事なサッカーだった。相手チームを研究し尽くし、日本の力と正確に対比させて戦略を練り、選手を鍛え上げた上田栄治監督の力量に改めて驚かされた。そして、それぞれの役割を忠実にこなし、自分自身の力を100パーセント発揮した選手たちの精神的な強さも見事だった。多くの選手にとっておそらく一生に何度もできないパフォーマンスを、この大事な一戦でやってのけたのは、本当にたいしたものだ。
 日本のサッカーでは、女子の競技人口は男子のわずか40分の1程度にすぎない。サッカーは老若男女を問わず楽しめるゲームであるのにこれほどの差があるのは、女子がプレーできる環境がなかったためだ。男子なら、部活動やクラブなど、自分のレベルに合ったチームでプレーすることができる。しかし女子はそうはいかない。

 チームがない。指導者がいない。グラウンドがない。更衣室などの施設もない。サッカーが大好きで、このスポーツを人生の友としてずっとプレーしたいという、男子ならごく普通の願いをもつ少女や女性たちが、その希望をかなえられる率はとても低い。
 北朝鮮戦は16パーセントを超す視聴率を記録したという。「オリンピック予選」という呪術的な言葉に引きつけられた結果かもしれないが、視聴者は女子のサッカーの認識を大きく改めたに違いない。「女子サッカー」という特殊な競技があるのではない。男子に同じようなスピード感と創造性をもつ「サッカー」を、女子がプレーしているだけなのだ。その認識が、今後、女子の競技環境を改善する力につながってほしいと思う。

 この予選をめぐる報道のなかで、選手たちの多くがアルバイトをしながらサッカーを続けていることが大きく扱われた。それをなんとかしてほしいと訴える選手もいた。
 しかしそんなことは当然ではないかと、私は思う。選手たちは、誰かのためにサッカーをしているのではない。自分自身を表現する最高の手段として、自分自身のために取り組んでいるのだ。そして、彼女たちが通常プレーする試合には、数百人を超す観客がつめかけることはない。
 わずか20数年の歴史しかない日本の女子のサッカーだが、企業の売名や宣伝に利用され、中途半端な状態で放り出されたことが何度もあった。そうした懸念もなく、自分自身の力で生活を立てながら誰はばかることもなく大好きなスポーツに取り組めるのは、何と幸せなことだろう。
 テレビを通じて1000万の人びとを感動させても、オリンピックに出場しても、現状では、女子のサッカー選手たちは、それで生活していくことなどできない。間違いなくアルバイト生活は続く。打算で取り組んでいるわけではない選手たち。そこにこそ、彼女たちの強さと美しさがある。
 
(2004年4月28日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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