サッカーの話をしよう

No.507 世界は広い

 初夏を思わせる陽気だった先週末。Jリーグに行って、自分のクラブの練習や試合に行って、副審までして、思い切りサッカーを楽しんだ。おかげでだいぶ日に焼けた。
 木曜日には今月下旬のヨーロッパ遠征のメンバーが発表される。無断外出事件の8人はどうなるか、ジーコはどうチームを立て直すのかなど、あれこれ思い悩んでいたが、桜が舞い散るなかでボールをけっていたら、何か楽しいことを考えたくなった。そこで、「サッカーの世界は広い」という話を掘り起こしてみた。
 最初に目に付いたのは、68年にコロンビアの首都ボゴタで行われた試合だ。
 いまでこそ南米の強豪のひとつになり、ワールドカップ出場の常連になったコロンビアだが、この当時は、非常に弱い国のひとつだった。そのコロンビアの代表チームが、ブラジルのサントスFCを迎えて親善試合を行った。お目当ては「サッカーの王様」ペレである。外国のスターで観客を呼ぼうというコロンビア協会の作戦は、90年代初頭までの日本とそっくりだ。

 狙いは見事に的中し、スタジアムは4万人のファンで満員となった。だがあろうことか、ギリェルモ・ベラスケスという主審がペレを退場処分にしてしまった。若いころ(といっても27歳だが)のペレは、危険な反則に怒って報復し、よく退場になっていた。
 当然、ファンが騒ぎ出した。彼らの目当てはペレだけだ。ペレを見るために、通常より高い入場料を支払ったのだ。試合を続けられないほどの騒ぎに困り果てたコロンビア協会は、ベラスケス主審を副審と交代させ、ペレをピッチに戻してしまったという。
 同じ年のイングランドには、決勝ゴールの得点者が主審という出来事があった。プロの3部リーグ、バロウ対プリマスでの話。CKのこぼれ球を拾ったバロウのジョージ・マクリーンのシュートはゴールを外れるコースだったが、ペナルティーエリアのラインあたりにいたイバン・ロビンソン主審を直撃、大きく跳ねてゴールにはいってしまった。

 「審判は石と同じ」と、サッカーでは言われる。ボールが審判に当たってコースが変わっても、プレーはそのまま続くのだ。一瞬とまどったロビンソン主審だったが、すぐに冷静さを取り戻し、ゴールを認める笛を吹いた。その後プリマスが懸命に追い上げたがゴールを記録することはできず、結局1−0でバロウが勝った。得点者は、マクリーンと記録された。
 60年代の後半というのは、いろいろ面白いことがあった時期のようだ。67年には、アルゼンチンの1部リーグで、1試合に7つものPKの判定があったという。主審はオスカル・チャベス。彼はインデペンディエンテに5本、バンフィールドに2本のPKを与えた。しかしこのうち成功したのは、インデペンディエンテの2本だけで、残りの5本は失敗に終わった。試合は3−2でインデペンディエンテが辛勝した。

 どうやら、PKというのは、量産されると成功率が下がるものらしい。Jリーグの記録を見ると、過去11シーズンの全2826試合で697回PKが与えられ、523回の成功が記録されている。成功率は75パーセント。これが普通の「成功率」だろう。ところが私は、99年7月にパラグアイで開催された南米選手権で、1試合に5本のPKが与えられ、成功はわずか1本という試合を見たことがある。
 2本与えられたコロンビアは1本をDFイバン・コルドバが決めたが、アルゼンチンは与えられた3本をすべてFWマルティン・パレルモがけり、全部失敗した。試合は3−0でコロンビアが勝った。
 世界は広い。思い悩むより、どんなときにも前向きにサッカーを楽しんでいきたい。
 
(2004年4月14日)
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス

サッカーの話をしようについて

1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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