サッカーの話をしよう

No.506 遠ざかる約束の地

 日本のサッカーにとって、2006年は「約束の地」のはずだった。
 2002年、日本は出場32チーム中最も若い、平均年齢24歳のチームで地元開催のワールドカップを戦った。4年前の98年大会に次いでこの大会もレギュラーとしてプレーしたのは、MFの中田英寿ただひとりだった。
 「このチームの本当のピークは、2006年にくるだろう」。日本を率いたフランス人監督フィリップ・トルシエはそう語った。彼の言葉を待つまでもなく、それは多くの日本のファンの思いだった。
 トルシエのチームの中心は、中田のほか、小野伸二、稲本潤一ら、20代前半の才能あふれる選手たちだった。こうした選手たちが何人もヨーロッパのクラブで何年か経験を積み、サッカー選手として最も脂の乗り切る20代後半を迎えたとき、日本はどんなチームとなっているだろうか...。

 トルコを相手に圧倒的にボールを支配しながら、最後までゲームをコントロール下に置くことができず、ベスト16で2002年ワールドカップを終えたとき、「この悔しさこそ、4年後に飛躍するためのバネになるに違いない」と思ったのは、私ひとりではなかっただろう。「4年後」は、日本サッカーの約束された希望の年のはずだった。
 しかしその道のちょうど折り返し地点のいま、私たちは、どうやら完全に迷路にさまよい込んでしまったようだ。
 いまからちょうど4年前にも、代表チームは騒然とした空気のなかにあった。ソウルで韓国に0−1で負けて、一般紙の一面に「トルシエ解任」の見出しが躍ったのは、4月末のことだった。

 しかし現在の混迷は、あのときの混乱とはまったく違う。4年前、トルシエは2002年に向けて着実にチームづくりを進めていた。U−20代表からスタートし、前年秋にはU−23代表をシドニー・オリンピック出場に導き、2000年のはじめにA代表とその下の年代の「融合」をスタートしたところだった。ただ、まだ「結果」が出ていないだけだった。そして、多くのファンが待望していた「強い日本代表」は、すぐ目の前にあった。
 トルシエから日本代表を引き継いだジーコ現監督は、そうしたステップを踏む必要はなかった。手元には、若く、才能のある選手がそろっていた。ジーコの狙いは、彼らを真に自立させ、内面から変革させて、どんな状況にも対応できる成熟したチームをつくることだっただろう。
 しかし彼は、その狙いを実現させつつチーム力を上げるコーチとしての手腕をもっていなかった。基本的な考え方の妥当性はともかく、チームづくりの前近代性は、最初の試合から明らかだった。そして1年半、22試合が空費され、混迷は深まる一方だ。

 正直なところ、2004年中に軌道修正(監督交代)ができれば、2006年には間に合うだろうと私は思っていた。しかしそれは甘い考えだったかもしれない。迷路をさまよっているうちに、日本代表はどんどんレベルを落としてしまったからだ。
 「ワールドカップのアジア第1次予選をなんとか勝ち抜くこと」が、日本代表チームの目標であっていいわけがない。「予選は厳しい」などというたわごとでごまかしてはいけない。死に物狂いで向かってくる相手でも、アジアの中であれば、圧倒してきちんと勝ちきるチームとしての力が、ほんの数年前の日本にはあった。いまはない。それだけのことだ。
 このままジーコに任せておいても、チーム力が上がる見込みはない。日本サッカーの「約束の地」は遠ざかる一方だ。それは、苦労を重ねて選手たちを育て、レベルアップを進めてきた多くの人びとに対する大きな裏切りだ。
 
(2004年4月7日)
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