サッカーの話をしよう

No.495 プロジェクト平山の実現を

 ことしの高校サッカー選手権は、個性的なアタッカーがそろっていて楽しかった。しかし準々決勝あたりからは、国見のFW平山相太に話題を独占された感があった。
 平山は昨年12月にアラブ首長国連邦(UAE)で開催されたワールドユース選手権で日本のベスト8進出に大きく貢献した。その疲労を引きずっての高校選手権だったに違いない。しかし大会が進むにつれ、大事なところで貴重な得点を挙げ、国見に2年ぶり6回目の優勝をもたらした。
 平山ほどの才能をもった若いストライカーを見るのは、何年ぶりのことだろうか。2年連続の得点王や、大会通算得点の記録更新のことではない。190センチの長身を生かしたヘディングだけでもない。技術もスピードも左右両足のシュート力も魅力だが、何より「この選手は特別だ」と思わせるのは、最も大事な瞬間、ゴール前でボールを受けるときの冷静さだ。

 「ゴール前」というのは、特別な場所だ。相手守備陣は必死に食らいついてくる。好パスがきても、ストライカーに与えられる時間は本当に一瞬しかない。その一瞬を逃せば、シュートを放つことさえできない。「しめた!」と思って少しでも力がはいれば、チャンスは虹のように消える。
 剣術の極意をたずねられた宮本武蔵が、畳のへりをさっと歩いて見せたという話がある。質問をした者は笑ったが、武蔵は「この『へり』の幅の橋がいかに深い谷にかかっていても平然と渡るのが剣術の極意」と答えたという。
 ゴール前とは、深い谷にかかる細いつり橋のようなものだ。シュートを決めるための技術なら誰にもある。しかしそこで冷静でいられる者、100パーセントの集中力を発揮できる者は、数多くのサッカー選手のなかでもひと握りしかいない。それがストライカーの「才能」というものだ。平山には、たしかにそれがある。

 平山は筑波大学への進学が決まっているが、アテネ・オリンピックを目指すU−23日本代表の候補にも選出されている。もしかすると、2006年ワールドカップの日本の切り札になるのではないかと、期待が広がる。
 しかし国見の小嶺忠敏総監督は、「高木琢也、大久保嘉人など国見OBの日本代表ストライカーと比べると、平山はずっと筋力が落ちる。じっくり育ててほしい」と語る。私は、日本サッカー協会が「平山育成プロジェクト」を立ち上げるべきだと考える。
 選手を年代別の代表チームに選んで訓練し、国際経験を積ませるのが、これまでの日本協会の「強化育成」のすべてだった。しかし平山の場合には、協会が総力を挙げた支援態勢を築くべきだ。

 小嶺総監督が懸念するフィジカル能力のアップを、科学的に、そして計画的に進める必要がある。細かな筋肉にいたるまで詳細にチェックし、強化プログラムを組み、トレーニングをサポートする。ランニングの矯正指導も必要かもしれない。そしてメンタル面でも、適切なアドバイザーをつけ、世界のトップ・プレーヤーになるための準備をさせなければならない。
 最大の課題は栄養管理だ。筑波大学とプロのクラブの環境を比べて、最も違うのはこの面ではないか。一流のトレーニングだけでは一流のアスリートは育たない。体をつくるためのしっかりとした栄養管理が必要だ。日本協会は、食費補助も含め、しっかり関与する必要がある。
 「平山プロジェクト」の恩恵を受けるのは、平山ひとりにとどまらない。このプロジェクトから得られるデータや経験は、次代の選手育成強化にも役立つはずだ。そして世界的なストライカーに成長した平山が日本代表をワールドカップ上位進出に導いてくれれば、言うことはない。
 
(2004年1月14日)
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