サッカーの話をしよう

No.478 スローインをめぐる話題

 「スローインが自分たちに有利だと考えているのなら間違いだ。なぜならピッチの中には10人しかいない数的不利の状況なんだから」(Jリーグ・ジェフ市原のホームページに掲載されているイビチャ・オシム監督の語録から)
 スローインは、サッカーのなかで非常に特殊なプレーといってよい。GKを除けば、唯一、ボールを手で扱うことができるプレーだからだ。
 タッチラインからボールが出ると、出した相手側のチームの選手が、ボールが出た地点から投げ入れる。特殊な制限のついた投げ方だ。
 ルールを見てみよう。

1 「フィールドに面している」(後ろ向きではいけない)
2 「両足ともその一部をタッチライン上またはタッチライン外のグラウンドにつけている」(グラウンドから足を離してはいけない。ラインをまたいでもいけない)
3 「両手を使う」(片手投げはいけない)
4 「頭の後方から頭上を通してボールを投げる」(体の前だけで投げてはいけない)

 平気で30メートル以上投げる選手もいる。しかし実際にやってみると、なかなかうまく力がはいらず、意外に難しい。
 サッカーが始まったころには、外に出たボールに最初に触れた選手が投げ入れる権利を得た。けり入れても良かった。ただしタッチラインに対して直角に入れなければならなかった(この規則は現在でもラグビーで生きている)。
 やがて出した相手チームのスローインとなり、「キックイン」は禁止された。そして自由な方向に投げていいことになったが、まだ片手投げが許されていた。スコットランドのクラブからの要請で「両手投げ」に決まったのは1882年。以後約120年、スローインに関するルールはほとんど変わっていない。

 日本のサッカーでは、足の位置、投げ方など、ルールが厳格に適用されている。だから、あまり変な投げ方をする選手はいない。しかし外国のリーグを見ていると、ラインを踏み越したり、片足が上がってしまっているスローインが驚くほど多い。レフェリーも何も言わないから、こうした投げ方が横行する。
 おそらく、ボールをスムーズにインプレーの状態に戻すことが優先され、少々のルール逸脱など気にもかけられていないのだろう。しかしそうしたくせがついてしまうと、ワールドカップのような「ヒノキ舞台」で、習慣の違う国のフェリーから罰を受けて恥をかくことになる。投げ方の違反、そしてボールが出た場所からはなはだしく離れた場所からスローインをしてしまった場合には、スローインの権利は相手チームに移ってしまうのである。

 日本でも、ゴール前まで届くロングスローを得意とする選手のなかには、ほとんど片手で投げ、逆の手は添えているだけという投げ方の選手も多い。レフェリーたちは、このような違反に対して、もう少し注意を払う必要がある。
 鹿島アントラーズの右サイドバック名良橋晃のスローインは、ゴール前まで届き、CKなみの威力を発揮する。「こんなに飛ぶはずない」と注意深く観察するのだが、何回見ても、ルールどおりのスローインだ。腕を振るスピードだけでなく、上半身全体をしなわせ、足腰のバネや腹筋など全身のパワーをボールに乗せているのだろう。まさに努力のたまものだ。
 ロングスローで直接ゴールを狙うことはできない(はいってもゴールは認められない)。しかしチームにとっては特別の武器になる。
 「オシム語録」をひもとくまでもなく、下手なスローインは逆にピンチの元になる。名良橋のようなロングスローや味方とのコンビネーションなど、スローインを磨くことも、勝利への重要な道だ。
 
(2003年9月10日)
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1993年から東京新聞夕刊で週1回掲載しているサッカーコラムです。試合や選手のことだけではなく、サッカーというものを取り巻く社会や文化など、あらゆる事柄を題材に取り上げています。このサイトでは連載第1回から全ての記事をアーカイブ化して公開しています。最新の記事は水曜日の東京新聞夕刊をご覧ください。

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